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波の谷間で眠りたい --1--
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夢を見る
溶けたい・・・溶けたい
波に溶けたい
風に溶けたい
音色に溶けたい
恋に溶けたい
オレンジの夕日にも溶けたい
溶けてゆく・・・溶けてゆく
波に溶けてゆく
風に溶けてゆく
音に、光に、恋にも・・・
やがて全てのものは、土に溶け、夢となる。
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2年が経った。
1982年、日本航空350便墜落事故が発生(2月)して、テレビに悲惨な現場が映し出されていた。
それまで2~5年おきに墜落事故が続いており、世間ではとうとう大問題となっていた。
(原因は、機長が気が狂って羽田空港に着陸前の海上で逆噴射を作動させた。副操縦士が「機長!何をされるのですか!」と機長を羽交い絞めにして操縦桿を戻したが遅かった。そして85年、とうとう日本航空史上最悪の惨劇が起こる。「上を向いて歩こう 」を謡っていた坂本九さんも乗っていて、私たちも悲しみに包まれた。その後現在まで23年間、墜落は起きていない)
政治では、「あ~~う~~」と言っていた大平さんが亡くなって、鈴木善幸さんが内閣になったけれど直ぐにおろされた。
その後、仲曽根さんが総理になって、アメリカのレーガン大統領となんだかわざとらしい友達の振りをして握手をしていたけど、私たちにはテディーベアに信楽焼(しがらきやき)のたぬきが寄り添っているようにしか見えなかった。
テレビでは笑っていいともが始まって、音楽はテープからCDで聴くようになって来た。
生バンドを演奏している連中はCDを嫌った。
「なんか、音に広がりが足りんねんや」
「俺はCD聞かへんぞ、やっぱり音楽はレコード盤やろ。」
岡田も抵抗があったみたいだが、彼は曲にドラムが入っておればそんなことは直ぐに忘れてリズムに身を任せていた。
本当は、皆が感じていることは正しかった。
「せやから、CDは例えばエレクトーンの鍵盤のようなもので、ドとド#の間に音が無いように、鍵盤の数が限られているように、制限があるやろー、それがデジタルっちゅうやっちゃー」
「・・・・・ちゃっちゃー」
けど、難しいことは私には解らないし、どうせそのうちどんどん良くなってくるのだろう。
音楽は、サザンオールスターズがいとしのエリー以来数年ぶりにヒットした「チャコの海岸物語 」を謡っていた。
しかし、アメリカでは マイケルジャクソン が スリラー をヒットさせていて、世界がスリラーでブレイクしていた。(Michael Jackson-Thriller )
「ッドドンドンドンドンド・・ッドドンドンドンドンド・・ッドドンドンドンドンド・・・」
車から漏れる音に合わせて、私と清水谷がボードを抱えたまま踊っていた。
もちろん清水谷がメインで踊りが下手な私は付き添いだった。
「キャハハハハハ、シミちゃんうまーい」
今日は岡田の彼女も一緒だった。
みんな、日焼けで真っ黒で痩せていて、目だけがギラギラしていたのでマイケルの雰囲気を出すのには苦労しなかった。
清水谷は卓球のボールを半分に切って黄色く塗ってネコ目にした物を両目に引っ付けて踊っていた。
最近はいつも懐に持っていた。
私たちに釣られて、藤本や宿場もボードを手に抱えたまま踊りだした。
「ッドドンドンドンドンド・・ッドドンドンドンドンド・・ッドドンドンドンドンド・・・」
「おぅっ!・・・・いっくろーとぅみーっっっなあー っあサンスンエービーラーキンインザダー・・・」
英語を謡うときは意味など解らなくても雰囲気で謡う。
It's Close To Midnight
And Something Evil's Lurking In The Dark
(もうすぐ真夜中になる、何か邪悪な物が闇に潜んでいる)
Under The Moonlight
You See A Sight That Almost Stops Your Heart
(月明かりの下、君は心臓が止まりそうな光景を目にする)
You Try To Scream
But Terror Takes The Sound Before You Make It
(君は叫ぼうとするが、恐怖がその音を奪う)
You Start To Freeze
As Horror Looks You Right Between The Eyes,
(君は凍り始める、戦慄が君の眼の間を見つめると共に)
You're Paralyzed
(君は動けない)
・・・・
Cause This Is Thriller, Thriller Night
(だってこれはスリラー、スリラー・ナイトさ)
And No One's Gonna Save You
From The Beast About to Strike
(そして今にも襲いかかる獣から、
誰も君を助けてはくれない)
You Know It's Thriller, Thriller Night
(スリラーだって知ってるだろ、スリラー・ナイトさ)
You're Fighting For Your Life Inside A Killer, Thriller
(君は殺人鬼達の間で命がけで闘ってるのさ、スリラーさ)
「きゃははは、ソックリー」
「はっはははは、けどもーえーから早よーボードを積もうや」
岡田が笑いながら言った。
私たちは踊りながらボードを屋根に積み上げた。
「ちゃんと括ったんけえ?、・・・ほら、緩んどるやないけえ、もおーっほっほっほっほ」
岡田がしっかりと締めなおして皆は伊勢に向かってスタートした。
今日は助手席にカナちゃんがいたので福山が宿場のホンダゼットに乗った。
ホンダゼットは4人乗りだが、後ろは殆どスペースが無くて、横を向いて座らなければならなかった。
仕方が無いので、クッションを2,3個並べて座った。
いつもの走りなれたコース。
皆で行くと何度行っても飽きないし、寂しくなかった。
「オッチャンガール・・・・・ハニハヘナハナモッチャンガー」
「あっほう、アップタウンガールやろー」
「もー、謡うねんやったらちゃんと謡ってーなー」
ビリージョエルも人気があった。
(Billy Joel - Uptown Girl
)
この歌の歌詞は良くわからなかったので謡えなかった。
名阪国道に出て、スピード違反に気をつけながら車を飛ばした。
周りを見ると、名神高速道路が高いので、夜に名古屋に向かうトラックとサーファーの車ばかりだった。
トラックは結構スピードを出す。
車線変更をしたい時はウインカーを出すが、私たちも「前に入っていいよ」という合図かわりに、ヘッドライトを数秒消して少し減速してやる。
トラックはありがとうの合図に、パーキングランプを2回点滅させる。
しかし、マナーの無いジャリトラだと、挨拶をしない。
そんなときは、皆で「ブー、ブー」と言って、車の中で相手に見えないように中指を突き立てて足をドンドンならすのだ。
国府に近づいたら、すれ違うサーファーとも出会ったりする。
サーファーは決まって、一度「グー」をして親指と小指だけを突き立てる。
窓から腕を出してきたそれが、上を向いていれば「今日は波サイコー」。下を向いていれば「今日はだめだね」という意味だ。
到着して、例によって朝日を待った。
いつも岡田と私が堤防に座ったが、今日はカナちゃんもオレンジのウエットスーツを着て髪を括って岡田の横にいた。
三人は膝を抱いて朝日を待った。
「なあ岡田、ロペスみたいになりたいなあ」
「あっほー、神様やで、あのひとは」
「そーやー、サーフィンのかみさまやでー」
「うん、けどロペスって半分日本人やったよな」
「えーそうなん」
「そうやけど、日系何世かの子供やから、16分の1くらいちゃうん?」
「えー21.5分の1くらいちゃう?」
カナちゃんは時々こういう突っ込みを入れる女の子。
「何やねんそれは、何分の1でもええやないか、はっははは」
(ジェリーロペスは、奥さんをもらって息子を授かり、今はオレゴンでスノーボーダーになっている
。)
「清水谷は東京行くらしいな」
「おうそうやねん。ベースやってた先輩がいててなあ、プロ目指してみるって、やめといたらええのに」
「挑戦するなぁ、岡田は?」
「おれは今のままでええって、世の中甘あないって」
岡田はレコードまで出したのに売れなかったみたいだったから、私のしらないところで苦労したんだろうと思った。
太陽が昇りだす。
太陽に聞いてみた。
(このままみんなで一緒に生きては行けないのかな)
太陽はふっと微笑んだようにも見えたが、無言で世界を青く照らし始めた。
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波の谷間で眠りたい --6--
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【沖田】私。
【岡田】ドラムが好きな沖田の親友
【清水谷】ベース好きのサーファー、無口なので
あまり出てこない。プロを目指して東京に行く
【福山】ギターを弾く、女好き。
【かな子】岡田の彼女。日焼けで真っ黒。サーフィンもする。
【ちせみ】私の彼女
【宿場】13年落ちのホンダゼットを運転。後輩
【藤本】宿場の親友。サーフィンのプロを目指す。
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