小説「絵慕の夕風」--その2-- |         きんぱこ(^^)v  

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      砂坂を這う蟻  たそがれきんのすけ



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昼時の絵慕は忙しい。

杉山はテキパキとしていて、非番にもかかわらずよく気が利いてよく動く。

私は人に気を使うのが苦手なので、いつも目立たないようにカウンターの隅に陣取って、店の人の互いに呼吸が合った動きや、店に出入りする客、そしてどんなに忙しくても一人一人に声をかけて挨拶するママをボーッと眺めていた。


皆を見ていると、羨ましくなって来る。


何かの趣味や自分のスタイルを持って、または絵慕のように生活の筋道を建てて生き生きとして見えた。


いつも思っているが、自分には何も無い。


人生がどうのこうのなんてことは考えなかったけど、自分にはスタイルも個性も無いという意識があって、例えば女性と話をしたり、付き合おうと考えた時にはいつも自信が持てずに、終いにはどうせつぱってもすぐに化の皮がはがれてどこかに行ってしまうんだ。


などと、いじけ箱の中に引っ込んでしまう自分がいた。


もちろん、そんな自分を見られまいと無意識に突っ張っている自分もあった。


こうやって絵慕に居座っているのは、一つには店の雰囲気や賑やかさが私の性にちょうど合っていたのだが、それ以外に、正直言って、オシャレに着飾って店に入ってくるS女学院の連中を見ていて、こんなお嬢さん学校の人と付き合ってみたいなと思っている自分があるからだった。


私は何もやっていないかというとそうではなく、R大学の隣にある警察学校で少年剣道の指導をしたりたまに警察官と練習試合をしたり、琵琶湖に行ってヨットレースのスキッパーになってレースに参加していたので、傍から見るとそれなりにスタイルを持っていたのかもしれない。


けど、剣道も2段を持ちながら試合は弱くていつもすぐに負けた。


ヨットレースだって爽快で面白いけどただのヘルパーだし、一人で乗り込めるまでの自信も無かったから私の犬小屋の様ないじけ箱を捨てることは出来なかった。



昼時も少し過ぎて、店内の客も間ばらになった頃に、S女学院2回生の井上美穂と藤本芳子が入ってきた。

二人は六人がけのカウンターで、一番隅にいるわたしから椅子を二つ空けた所に座った。

私とも目が合ったが互いに挨拶はしなかった。


藤本芳子は丸顔で優しそうな女性だったが、

井上美穂は、身長は160そこそこでとても美人だった。

髪の毛はストレートで腰の辺りまであった。

なんでもS女学院の後輩から沢山ラブレターをもらうらしい。

女が女にラブレターを渡すと言う心理は私には理解できなかった。

しかも彼女はいつも茶色い革のギターケースをしょっていた。

これだけのことだが会った時は私の心の奥底に潜んでいるイジケ虫がノコノコと出てきて、彼女との間に得体の知れない壁のようなものが出来たのでこちらから声をかけることはなかった。


当然、彼女も私の心など読む気も無かったので無視だった。

そんな彼女は半年前から杉山と付き合っていた。


私は、井上美穂とは何の関りもないと思いたかったが、杉山は良く私に井上美穂の話をしてきた。

杉山は女性に対して自信ありげな付き合い方をするが、不安になったり解らなくなってくるといつも私に相談してきた。

だから、私は自然と井上美穂という女性のことを妙に知っており、彼女とは付かず離れずの妙な関係だった。

一度杉山と井上美穂がよく行く河原町のロックバーに行ったことがある。

店の中は煙草の煙が立ち込めて、例えばブラックサバスのようなハードコアなロックの音が地響きを立てるほどの店で、その店のカウンターに昼間と違って派手に着飾って彼女が酒を飲んでた。

私は到底彼女に気後れしまくって、杉山が付き合っているのが信じられなかった。


杉山を見るとさすがに苦い顔をしていた。

二人きりになると案外奥ゆかしいのかもしれないが、いや、杉山と付き合うならそうに違いない。


まあ、いろいろあるのだろう。


京都の女性は一件おとなしそうに見えるのだが(京都の・・・という決め付けは良くないがそういう印象があったのだ)突然思い切りのいい行動を取る人が多い感じがする。



彼女らはカウンターにいた浅野さんと杉山を相手に、楽しそうに喋り出した。

私は軽音楽部のローカルな話しには興味がなくて、なにを言っているかもわからなかったが、楽しそうに話している輪があることが、羨ましかった。

私は女性には奥手だった。

初めて知った女性は大学一回生の年だった。


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小説「絵慕の夕風」--その3--

小説「絵慕の夕風」--その1--

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