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帰れぬ心の故郷 --格闘-- (1章へ)
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その民家の裏庭は広くは無かったが、身長くらいの高さの金網で仕切ってあった。
私は金網を乗り越える時に、手にしていた木刀が邪魔になって捨ててしまった。
民家は留守の様だった。
私が金網を乗り越えた時に、追手が二人追い付いて、一人が金網で落とした木刀を拾い、もう一人がこちらをにらみつけた。
木刀を持った男が回りこんで来る前に、私はもう一度民家の金網を越えなければならなかった。
追って来た二人の内、もう一人は金網をよじ登ろうとしたが、気障な男らしく服を気にして諦め、顔で私を威嚇していた。
私は急いで金網をよじ登った。
ここで捕まると袋のネズミとなる。
遠くで、パトカーのサイレンが鳴り出した。
こっちに来るパトカーであることを祈った。
金網を越えて、細い路地に降りた。
辺りは薄暗い。
木刀を持った男が左から来る筈なので、右に向かって走った。
しかし路地角からまた二人の男が姿を現した。
(クソッ、二人か、一体何人いるんや・・)
二人では歯が立たない。
止むなく引き返して走った。
しかし、木刀の男が路地に入って来た。
私は腹を決めて、木刀の男と対待した。
木刀の持ち方を見て、剣道の経験は無さそうだった。
もし経験があれば私に勝ち目はない。
相手は私が立ち向かって来ることがわかり、左足を前に踏み込んで、木刀を上段から振り回そうとした。
私はとっさに、頭を下げて、相手の懐に飛込んだ。
剣道経験があればわかると思う。
上段で振り被られる時、当然相手が大きく見えるので、思わず体を引いてしまうかその場ですくんでしまう。
そうすると常に相手の間合いから外れない。
横に逃げる。
理屈では可能だが熟練しなければ出来ない。
こんなときは、思いきり後ろに逃げるか前に突っ込むしかない。
威圧されて体が動かない時は、思いきり声を出す以外に、その呪縛からは逃れられないだろう。
私は後ろに逃れる事は出来ないので、前に突っ込んだ。
元より無傷で切り抜けられるとは思っていなかった。
サイレンの音が近付いて来る。
私は突っ込んで行ったので、男は木刀を打ち込まずに、木刀の尻を私の背中に打ち付けた。
私は、男の片足を抱えて体事、金網に打ち当てた。
運良く、男の顔が金網の先端に当たり、私を掴む手を外した。
私は男をふりほどいて、路地の外に出ようとした。
息は既に大きく切れていた。
しかし、路地の出口に、ナイフを手にした男が仁王立ちしていた。
私は、先程の男から木刀を取り返した。
しかし、そのときには路地から来た二人の男に挟まれた。
ナイフを持った男の後ろに、部屋で刑事を襲った男もいた。
万事窮した。
しかし僅かな望みに賭けた。
相手も逃げる身だ。
焦っているはず。
サイレンの音が大きくなってきた。
「おぇ、さっさと取り上げんかい!」
後ろからボスらしい男の声がして、私を取り巻く男の輪が段々と小さくなってきた。
(これで人生終りか・・)
そう思うと腹が立ってきた。
私は悔しさで涙目になりながら、渾身の力を込めて木刀を振り回した。
一人の足に当たったが、後ろから組ふせられて、その男には、木刀の尻で殴った。
しかし、私の抵抗はそこまでだった。
「オラァ、はよー出さんかい、どこやぁ」
それでも力の続く限り抵抗をした。
誰かがポケットを探ろうとしたが木刀でその手を押さえた。
しかし、私の両手は自由を奪われ始めた。
太股辺りに熱い衝撃が走り、顔や腹は何度も殴られた。
それでも抵抗しながら、何故か笑っていたような気持ちがした。
「はよせぇ!」
その声を最後に意識が薄れた。
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