をまとめてみたら何かわかるかも。


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今は三低からまた三なんとかへ移行したんだっけか




別の話、
まちづくり界隈のコミュニケーションが不十分だとおもう。
「広場」もない。

ネット上のコミュニティを中央広場としてなかば公なものを設置しようとおもっていたけど、
自分のつたない過去の失敗から考えると
私設の、仲間内のものから建設的な意見の出し合いをして
少しずつ輪が広がっていったほうが 素性として健全なものになるかもしれない。

「筑西市スレッド」みたいなのは有象無象すぎて霧散する。

識者仲間、同志を募る。メンバーなどには私のバランス感覚でもってマエストロを発揮する。
管理運営を一つの意志のあるものが行い、その場の性格をコントロールしなければ
結局乱れたままで何も進まなくなる。
議会ではない。井戸端みたいなもの。
ひとつのコミュニティであるが、その推進意見の別によって
党派的な分散が見られるようになってもしょうがないと思う。
むしろ、意見が対立することでディベートが真剣になるというメリットがある。
注意しなければいけないのは、正々堂々と、理論的に行うこと。

政治ゲームのような腐った内容になるのは絶対に防ぐべく知識ある民衆の監視が必要。

雰囲気だけで感じることを一旦やめて、
その場にある問題をひとつひとつピックアップして一覧できるように
場に固定、KJ法的に現状を把握するのがわかりやすいと思う。
雰囲気と戦うのはとてもつかれる。

芸術をテーマにしていた今月の「ニッポンのジレンマ」を観た。

最後に
「~~ニッポンをアップデートするために~~」
というフレーズが出てきて。

ここにきたか!!!  と。


アニメの「ガッチャマンクラウズ」でキーとなっていた「社会問題の解決」を示唆する「セカイをアップデートする」という言葉。

ニッポンのジレンマは毎回観るたんびにブログを書きたくなる。
良番組です。オヌヌメです。



今回は「芸術」というテーマだったので「社会における芸術の役割とは?」
みたいなことをやるのかなとあまり期待していなかったけど、
とってもよかった。
オタキングもいたらもっとオモシロかったのにと思う。

芸術というものを「芸術-工芸-デザイン」みたいな軸じゃなくて、
生きていくための人間の技術として捉えるのにすごく納得のいく話の展開だった気がする。
まちづくりにも アートを用いた~みたいな話がよくあるけど、
そういうことを考えてる人はそのヒントがあるかも。

ゲストのひとり、スプツニ子の創作が「コミュニティをつくって助けてもらうこと」に大きく依存してるという話があった。
ディレクションによってもたらされる芸術。その芸術が影響する人々。

アートっていうあり方をちゃんと深く考えて実行の立場をとるということも、
まちづくりを考えるときにそれをおもしろくするのに役立ちそうだ。

しもだてをもっと楽しむためにはどんなことが仕掛けられるかなー
とか考えてる。


アート自体を仕掛けることで、その回路がマチにのこる っていうこともあるんだろうなとか。
しもだてマルシェvol.14 筑西ローカルテレビさんに取材されました。
10月7日放送分からマルシェの部分だけ抜粋しています。





※滝さん宛て
下記をコピーしてブログ記事内に貼り付けて普通に投稿すると同じように動画を埋め込めまれます。

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