こんばんは


最近の近況からお話しすると

先日、血糖値が楽に測れるのは

嬉しいけど、エラーがよく出ると

この前も言いましたがこれはオイラにとったら

大問題です、


だからその医療器具屋さんにお客様センター

へ、電話するけど「只今、電話が大変混み合って

おります、オペレーターが空き次第、

お繋ぎするので少々お待ちください」

ってのはよくある話ですけど、

30分待っても出ないから切りました、

それから2度ほど電話したんですけど、

同じことでした、30分はもう待たなかった

ですけど、

この前、オペレーター2人しかいないんじゃ

ないの?と申しましたが、

もしかして1人もいないんじゃないの!

ただ体裁繕うために電話はあってなし

状態じゃないのとそれは冗談ですけど、

もしかしてエラー続出で混雑してたら

それはそれでヤバいよ、

ただ最近は好調なんですよ、

はいすみませんつまらない話でした、


我がドラゴンズの話しにいきますっ!

もうAクラスはムリなんですけど

何とか4位をと

個人記録がかかってるんですよ、

後今日合わせて敵地で5試合です、


松山晋也投手(25歳)

育成から這い上がり、今季ライデルが抜けた

穴の抑えを完璧にこなしてます



今は巨人のライデルと44セーブで並んでますが

彼は1月は故障でいなかったのにこの数字、

故障なければダントツトップでしょう、

ただやはり連投やらプレッシャーで

故障やむなしですね、ライデルが中日時代から

故障しないのが不思議です、

ただ彼にはセーブ王もかかってますが

セーブ数新記録もかかってるんです

あと2つやれば新記録、ライデルともに

そーなるかもしれませんが、

これまでは岩瀬さんと現阪神監督の藤川球児

の45セーブを抜くのか抜かないのか、

今日から甲子園で阪神と3連戦、

ぜひ藤川監督の目の前で記録達成して

もらいたいです、

それと、見る限り凄い球を投げますから、

それと気を背中から感じます、

評論家で元中日エースの吉見さんが

もう手がつけられない投手になったと

半ば呆れ気味に仰ってました、


高橋宏斗投手(23歳)

今や中日1番のスター投手、

今年はイマイチでしたけど

ローテンションを崩すことなく、

沢山投げたおかげで3振はよく取るんですよ、

でも三振の宏斗、今年はダメだと思いきや、

トップの阪神の村上に後一つ、

奪三振王です、

今日は村上が投げ、明日は宏斗が投げる

中日打線よ今日は三振だけはいかんよ、

宏斗は故障しないですね、

そこが素晴らしい、そしてタフ、

まだまだ物足りないですが確実に

大エースの階段は登ってます、

お願いやけんメジャーにはいかないで🙏



それではレッド・ツェッペリン、

72年の全米ツアーを編集した

2003年発売のライブアルバム2枚組CD、

これを何故、オイラの300位に入れなかったのか

俺なりに理由はありますけど

やはり凄いです、


Googleからのコピーお許しください


もし私たち4人全員が最高の演奏をしたなら、バンドは5次元に到達できた」ギタリストのジミー・ペイジは、レッド・ツェッペリンのステージについてそんな言葉を残している。


遡ること1968年。ジミー・ペイジが在籍していた英国バンドのヤードバーズは、メンバー間の仲違いやツアーへの不満から空中分解し、ジミーは新たなメンバーを探すことになった。ジミーのスタジオ・ミュージシャン仲間だったベーシストのジョン・ポール・ジョーンズ、4歳年下のヴォーカリストのロバート・プラントとその友人でドラマーのジョン・ボーナムという、いずれも飛び抜けた実力を持つ3人を集めてレッド・ツェッペリンを結成。

を集めてレッド・ツェッペリンを結成。た。その中でもジミーが絶好調のレッド・ツェッペリンとして挙げているのが、1972年の全米ツアー。これは2003年に『How the West Was Won』(「伝説のライヴ」)としてリリースされた。

ジミーが初めて広島を訪れたのは、レッド・ツェッペリンにとっての初来日公演が実現した1971年9月のこと。ツアーの行程は東京で2回、大阪で2回、そしてメンバーの希望によって選ばれた広島だった。

この話はまた続きでいきます!
「伝説のライブ」
ジャケット⤵︎


曲は

まず移民の歌、プラント声潰すよ、



今度はあまり有名ではないけど

ツェッペリンらしいジミー・ペイジらしい

曲です

「丘を越えて」



まだ沢山ありますけど

続くんでとっときます、

ただツェッペリンは動画見ないと

これは公式の70年ごろのライブ動画かな、

ちと前かも、

「ブリング・イット・ホーム」