こんばんは
ルーリード、ニューヨークの裏世界の
でもソングライターとしては優れた
頭もいい、ただジャンキーのイメージは
オイラにはついたまま、
73年の「ベルリン」
学生の頃、
熊本のものすごい音楽通の友達んちに
泊まりがけで遊びに行ったんです、
ものすごく面白いやつでストーンズも
一緒に行きました、
そして最初に聴かされたのがこの
ルーリードの「ベルリン」
オイラは初耳で言いましたよ、
これ、暗すぎないか?
友はそっかなーこれわかんなきゃとかなんとか、
でもね友達は鋭い耳を持ってまして、
そこからいろんな音楽教えてくれるんです、
オイラの弟とも仲良くたまに会うと
俺が全くわからない音楽の話、
特に黒人音楽の話はわかんなかったです、
そしてルー・リードのベルリンに戻ります、
彼はニューヨーカー、
ちと危ない橋をわたるとんでもないやつですが
ニューヨークを愛してるちと変わったロッカー
なんです、
この73年のベルリン、
話戻すとその熊本の友達から聴いたアルバム、
そしてオイラもいろんな資料あさり、
たどり着いたのは、
彼は売れてるロッカーを嫌い、
特にウエストコーストの爽やかな
サウンドにノーをつきつけたんです、
本人がはっきり言ってます
ウエストコーストのサウンドは嫌いだ、
ただの安敦とした売れるための産業ロック」だと
ニューヨークから発信したんです、
まさにニューヨークパンクの始まり、
この意見は後から続いてくるニューヨークの
小僧らからは崇拝されますが、
ブルース・スプリングスティーンは
東海岸ニュージャージー、
そこまでは西海岸は意識になかったと思います、
彼は彼なりにブルーカラーの
若者たちを表現するのに必死でしたから、
でも、ブルースも東海岸なんだよなー、
ともかく穏やかな売れ線の西海岸ロックに
まずノーを言葉と共に叩きつけたのが
ルー・リード、
このアルバムは相当暗いですが、
今はね友達が一歩早かったと思ってます
西海岸にノーをたたきつけた、
暗くて、ても意味あるルー・リードの名盤
オイラの281位ですかね、
勘違いして困るのはオイラは西海岸の
音楽は大好きです、
ただ都会のニューヨークにはこんな
異端児もいたということです、
73年作ルー・リード「ベルリン」
やっとこの良さというか鋭さがわかったよ
友よ、ただ暗いと思ってたのはオイラがまだ
お前の音楽感に追いつかなかった、
ジャケット⤵︎
ルー・リードの当時の写真、
では曲はそんなに暗くないんですわ、
初めて聴いた時は絶望感を味わいましたが、
・レイディ・デイ
・ハウ・ドゥ・ユー・シンクス・イット・フィールズ、
・ハウ・ドゥ・ユー・シンクス
・サッド・ソング、
ただいいです、
まずですねベルリンってタイトル、
そりゃ暗く感じるよ、
でも敢えてこのタイトルを選んだらルー
その通りにベルリンの壁は無くなったよ、
では曲を


