おはようございます😃

オイラ昨日また何か言いました?

どーりでイヤホンがどんぶりの中に

入ってるわけだハハー🥵( ;  ; )

でもそのどんぶりはおにぎり🍙しか

入れてなかったんで、ご飯粒を取り除くだけで

OK👍

けっこうてまいったけど、

しかもベッドの横の座椅子に寝てるし、

それだけ腹だったんですよ!

うどん食ったら期限切れの胡椒かけすぎて

咳止まらんよーになるし、

人生は楽しいですねー😆


今日中日が負けるよーなことがあったら、

神宮までは行けないから

自分で自分をケツバットしよー、

それぐらいの覚悟で行かなきゃ

証拠は写真で送りましょうか?

あ、見たくない?つかもう負ける前提で

話してるやん😰


ささっと話題を変えてなんいやったっけ?

255位ぐらいやろー多分、

もうそろそろ順位はネタが、

いや500位ぐらいまではいけますけど

もうベストじゃ無くなるから

それと被る恐れあり、

別に恐れなくてもいいんですけど、

いちおう今のとこはなにを入れたかは

覚えてます、ただ順位まで覚えてたら

今ごろ大学で教鞭握ってます、


フライング・ブリトウ・ブラザーズ

もう今、教鞭握ってます、講義のお時間です、

元々はバーズ、ロジャー・マッギンの

12弦ギターの🎸音も懐かしいつか

知って40年は経つのでやはり懐かしい

ディランのミスタータンブリンマンの

カバーで一躍有名になったバーズ、

が68年にグラム・パーソンズという

カリスマを迎えてのカントリーロックアルバム

「ロデオの恋人」

そしてそのグラムが歌うカントリーワルツの

「ヒコリー・ウインド」これがたまらなく

いいんですよ、


以下ちとコピぺで


おだやかな曲調とはウラハラに、グラム・パーソンズの激動の人生が凝縮されたような歌詞ですね。

裕福な家庭に生まれたが12歳の時に父親が自殺、

ハーバード大学に進学したものの

ロックにのめり込みドロップアウト、

この人生三回転半みたいな深い歌詞を書いたのが

既に大スターだったザ・バーズのメンバーに

大抜擢された22歳の頃、というのには驚きです、


この歌詞が実話かどーかは知りませんよ、


そのアルバムジャケット⤵︎



曲のヒコリーウインドです👇



そしてこのアルバム一枚で

グラムはバーズのクリス・ヒルマンを連れて

抜け他のメンバーを集めてカントリーロックの

先駆者たるフライング・ブリトウ・ブラザーズ

を結成します、

あるミュージックマガジン増刊号です

この表紙のかけてるジャケットこそ彼らの

アメリカンカントリーのジャケットです

1番手前がグラム・パーソンズかな

手前から2番目かな、

黒人音楽ばかりがロックのルーツではなく

白人のカントリーもだと言わんばかりの

南部くさく泥臭い味で黒人音楽もカバーして

独特のカントリーロック誕生です、



グラム・パーソンズ

の写真です、イカしてますよ!



す、す、すみません🙇

浜辺美波ちゃんの写真でした、つい、

そりゃいかしてるに決まってます😉💦💦

今度こそ!











曲は

❶ 悪女の歌

❷ ドゥ・ライト・ウーマン

❸ ダーク・エンド・オブ・ザ・ストリート

❹ ホット・ブリトウ#1


2曲目はアレサ・フランクリン

3曲目はアメリカ南部メンフィスの

ソウルシンガーのジェイムズ・カー

の熱唱で有名です、


こーやってカントリーでありながら黒人に

寄り添い新たなロックをうみだしていくわけです、

ストーンズとかかなり影響受けてると思います、

実際ストーンズのキースはグラム・パーソンズ

とはツーカーの仲でしたが

73年26歳という若さでグラムは麻薬のオーバードースで亡くなってしまいます、


ストーンズのスティッキー・フィンガーズの

ワイルド・ホースはグラムに捧げた歌と

聴いてましたがその年が合いません、

捧げたというよりもグラムのことを頭に描いて

書いた曲かもしれませんね、

「野生の馬」か何か曲調といいピッタリです、


では曲を❶〜❹までどうぞー♪

次の予告はイギリスのカントリーロック、

初めて聴いた時はこんなはずじゃとガッカリ

出したが

もちろんグラムから影響受けた大物ですよん、