こんばんは
ビッグネームが続きます、
てか同じアーチストを変わるがわる紹介して
るんですけど、ランク的にはまだ上でも
良かったのにという作品もありまして、
でも以前申した通りここまできたら
順位はほぼ関係ありません、
思いつきでチョイスしてるだけです
ただベスト30位ぐらいまではマジの
順位です、
今回のスーパースターは
ビッグネームでも客観的に見ても1番!
のジョン・レノン、
ずっとそうですが中山康樹さんの
「ジョン・レノンを聴け!」
を読み返しまして全曲1ページは使っての
解説、情報、中山さんによるジョンの凄さ、
魅力、そして本人が大好きであると言う事
でも辛口な批評もありますよ、
だから面白いんです、
その文庫本を読み返して
また今頃ジョン・レノン熱が盛り上がって
きました、
もちろんバンドで言えばビートルズ、
今でも人気が落ちることがないジョン・レノン、
カリスマとしてずっと名前は残って行くんでしょうね、
なぜ彼がここまで人気の衰えを知らない、
それは何故なんだろうか、
そんなに性格もいいとは思えないし、
もちろん曲と歌詞は天才的ですけど
曲だけ見ればポールに軍パイがあがるよーな
気はしますし、他にも天才ミュージシャン
は星の数ほどいます、
とにかく中2の時、ビートルズと言えば
ポール・マッカートニーぐらいで
「イエスタデイ」ぐらいしか知らなかった
んですがちと事情がありまして
ビートルズのアルバムを勝ってもらう事に
なりました、迷ったんですけど、
「レット・イット・ビー」を
選択しました、そのジャケットのかっこよさと
帯の「さようならビートルズ〜」の文字に
やられました、もう解散して5年は経ってた
んですけどね、
そしてそのジャケットの写真、
人はどーかは分かりませんが左上のジョンの
写真から強烈なインパクトを受けました、
カッコいい❗️
誰?このお兄さん?
アルバムを聴いても分かるよーにポールと
渡り合ってる、てか本音を言いますとまともに
ビートルズを聴くのは初めてで
声の区別がつきませんでした(^^;;
それからビートルズ初期の頃の写真見て
誰が誰やら分からず、分かる範囲で
消去法でこの人がジョンだと
ついでにもう一枚
もう後期の写真ですがカッコいいのて^_^
ジョンは少年の頃、「自分は天才だ!」
と気付いたと言います、
オイラは自分はアホだとたまに確信をもって
認識してます💦
長くなりましたが、
是非お読みいただければ幸せです、
ジョン・レノンの魅力
「愛と平和を愛した偉人だから」?
これは元々争点になりませんね、
ジョンはどの人が平和を我らにとか
イマジン、ハッピー・クリスマス、
オイラはノーですね、
それはジョンの持ってるごく一部の魅力、
ハッキリ言って歌詞は違えど
イマジン、ハッピー・クリスマスぐらいの
曲はジョンでしたら簡単にできるでしょう、
いつも本音のジョン・レノンこれも
演じていたってこともあるしですね、
中山康樹さんの本からかなり抜粋してますが
本当に的を得てます、
何度か言いましたけど
基本はやはり歌が抜群に上手かった、
声と声質、それがみんなを引っ張った、
性格の強さもあったでしょう
ジョンが天才でも歌が下手だったら
ダメっしょ、
亡くなった元YMOの高橋幸宏さん曰く、
「ジョンの歌声は副音がある、
あー!と声に出した音にはいくつもの音がある」
と、なるほどなーと思いました、
そして彼にはやはり魅力的な何かが
あるんですよ、惹きつけられる何か、
ポールにはない何か、
それは日本で言えば織田信長みたいな、
不覚の死をとげるし、
今回は74年の「心の壁、愛の橋」
このアルバムをジョンの1番言う方も多い
ですよ、
余談ですが、てか余談だらけですが、
このアルバムのレコーディング前、
ジョンはヨーコさんから追い出され
「失われた週末」と言う次期ですね、
メイ・パンという女性の付人をヨーコ自身が
ジョンにおいて、うーん?不思議?
で、その頃はジョンはメイ・パンと
ロスにいてジョンはよほどヨーコさんに
惚れてたんでしょう、荒れ放題だったらしいです
ドラッグ、アルコール、この人間らしさが
またジョン・レノンの魅力と考えてます、
普通の人間やんと、
丁度この頃ジョンはアカデミー賞の控え室で
偶然ポール・マッカートニーと再開します、
それからポールとの交流が活発化、
その頃、ニルソンのプロデュースやってた
ジョンのとこにポールが訪れ
ジョンがギター、ポールがドラムをやった
そーです、何日か、
このセッションにはスティービー・ワンダー、
リンダ・マッカートニーも参加したらしいです、
そしてあるプールでジョンとポールの
ツーショットが撮影されます、
これがこの2人揃っての最後の写真と
言われてます、
なんか切ないですね、
あんま長すぎると誰も読んでくれないんで、
今回はほぼ中山康樹さんの抜粋です、
では74年のジョン、
ドラッグ、アルコールを断ち
ロスからニューヨークへ向かい
なんか気になるメイ・パンを連れていきます、
いくらヨーコが好きだと言っても
男と女がずっと一緒、まー普通なら、、、
しかもまだ2人とも若い、まー知った事では
ないですが、興味はあります(^^;;
そして「心の壁・愛の橋」を真剣に
レコーディング始めます、
でまたこの前と同じ事を言いますが
突然エルトン・ジョンがそのスタジオを
訪問
ピアノさわっていいかいのエルトン
ジョンはどうぞ、
ジョンは
その時のエルトン・ジョンのピアノの上手さ
に相当驚いたそうですね
そしてセッションまでいき
エルトンピアノ、バックボーカルで参加
ここて約束を口頭でします
もしこの曲が全米一位になったらエルトンが
僕のコンサートに飛び入り参加してくれと
ジョンはなれるわけないじゃんと軽うけあい、
この前も書きましたがジョンとエルトンでは
当時のアメリカとイギリスの事情が違いすぎた
あくまでイギリスのジョンとアメリカの
今の動向分かってるエルトン
結果全米一位、イギリスでは31位と
やはり同じ英語圏でもここまで差がつくかと
ジョンは約束を守り、ゲストで3曲歌いました
その時のスタンディングオベーション、
凄かったー!ほぼ知らされてなかったんではないかなそしてまさかのジョン・レノン
ゲストがジョン・レノンこんな事って、
現実とは思えません、
ちなみにジョンがステージに立ったのは
これが最後らしいです、
まだ書き足りませんが
ちと長くなりましたんで
曲いきます74年のジョンの
「心の橋、愛の橋」
オイラはここまでジョンを
「ジョンの魂」「ロックンロール」
「イマジン」ジョンとヨーコの共作
「ダブル・ファンタジー」とランクに
入れてきましたがこれもやはり名作ですね、
これでジョンはオイラのどーでもいい
ランクではビートルズは全部だし、
実は気になってるアルバムがあるんですが、
もう今となっては覚えてません😓
オイラ多作なんでもう一々調べる根気は
ありません、ビートルズストマスターズ1と2、
書いたかなー?
ともかくビートルズも含めて
やはりジョンが圧倒的に多いです
曲についても一々語りたいんですが
長すぎるしオイラもちと疲れたんで、
ただ1つ言わせてください
名曲「イマジン」
あの曲はジョンボーカルあつてこその名曲、
ジョンが歌ってなかっらあれは「イマジン」
ではないてす
では「心の橋、愛の歌」
久しぶり聴いたらビックリするぐらい
名盤でした、
ジャケットは1952年ジョンが11歳の時に
書いた何枚かの絵をスタッフが編集
したものです11ですからね、上手いか下手か
オイラにはわかりません、
その頃のジョン・レノン⤵︎
では曲目も動画で確認してくださいね、





