こんばんは


何度も言ってて本当にマジな話なんですが

てかそれがマジだとしてもそれがどーした?

でしょうが😓


30代の頃です、

オイラの病気により店を手伝いに帰省してた

弟が、オイラの部屋のステレオで持ち込んだ

黒人音楽とボブ・ディランしか

ほぼ聴きません、

オイラは正直に言いますボブ・ディランって

そんなにいいか?

弟は表情ひとつ変えずこーいってきました、

「兄貴にもいつか分かるよ」と、

それが本当にわかる日がやってくるんですよ、

ジワジワではなく一瞬です、

雷が頭に落ちたが如くなんの曲かは

覚えてないほどボブ・ディランそのもの

が分かった!と確信しました、

なんの曲でもよかったのです、

その分かるってのは難しい言葉ではなく

あまり例えは良くないかもしれませんが

キリストの教えが分かったみたいなもんかな、


オイラは無神教ですが、

そしてディランを神なんて思ったことは

ほんのちょっともありません、

ジョン・レノンもそーです彼を神なんて

思ったことはありません、

彼自身が 神なんて信じないって

歌ってるくらいですからね、

でもディランが面白いように分かったのです、

歌詞なんてことではないんですよ、

この歌詞いいねなんてことではなく、

分かるってのはこーいうことなんだと認識

しました、

存在が歌詞を意味を飛び越えていきました、


こーなればもうどんな曲でもOKです、

それがディランであれば、

今までに色んな編集盤、未発表ライブとか、

ただボーナストラックが2曲ぐらいついたぐらいの

でも格段に良くなった音のリマスター紙ジャケ盤

とか

海賊盤とか含めると60枚は揃えましたかね、

ディランならなんでもいいって時期が

あったんです、でも神ではなくあくまで

音楽としてです、


そしてオイラにも彼女ができ

3年は付き合いましたかね、

15も下の可愛い女性でしたけど、

あのハッキリいって向こうから猛烈な

アタックを受けたんですよ、ホントです、

ただ、彼女には結婚願望があり俺が

適当にそこをはぐらかしてると、

いつの間にか俺が振られていました、

彼女に別に好きな人ができたのです、

しかも結婚も前提にの真面目な紳士、

俺が敵うわけがありません、


振られてまず俺がした事、

それはもう立ち直れないようなショック

でしたけど、

しばらくは仕事しながらボンヤリしてたかな、

オイラは結構いいオーディオセットを持ってて

カセットデッキの王様の中道のカセットデッキ

が壊れてたんですよ、

速攻に当時はやってたCDMDラジカセを

購入してきまして、

空いてる時間は全て割いてディランのCDを

MDに録音し始めました、

時代順ではなくこのアルバムからはこれとこれ

みたいな感じでランダムに、

大雑把な俺がちゃんとノートしながら、

でもMDの録音できる時間も限られてるんでね、

時間もそれぞれノートしながら、

それで出来上がったのが80分6枚組MD

でした、抜群の編集でしたよ、

これをずっと聴いてたんです、

3ヶ月以上ディランしか聴けませんでした、

振られたショックから全6時間のディラン

しか聴けなくなった、んです、

どー言えばいいのか言葉には困りますけど

詩ではないんですよ、伝わるそのものですかね、

間違いなくあの時の俺を立ち直らせてくれ

たのはボブ・ディランという男です、


「くよくよするなよ」

まさにその時の俺の心境にピッタリな曲名

ですけど、まだまだあったんです、

「くよくよするなよ」

ディランの2作目の「フリー・ホイーリン」

というまだ初々しくフォーク青年の頃のアルバム

です、

ジャケットがもう最高、

ニューヨーク西4丁目をその時の恋人

スーズ・ロトロと腕を組んで歩くジャケット、

あまりに素晴らしすぎてLPジャケットは

まだボブ・ディランがよく分かんなかった

俺でも部屋に飾ってました、

その恋人スーズはこのアルバムで耳目を

集めそれがプレッシャーとなり

ディランと別れたと聞いてます、


全て実話ですけど、今更

別にどーでもいいですよね、

たた、ディランに限らず音楽に救われる

心はあるという事ですね、


「くよくよするなよ」

原題は「ドント・シンク・トゥワイス・イッツ・

オール・ライト」です

長くなりましたがつまらぬ実話

お付き合いありがとうございます

では名曲「くよくよするなよ」