こんばんは
ここに1冊の本があります
レコードコレクターズ誌増刊号の「遺作」という
本です25年前発刊された本で、
ど久しぶりに手に取って見ました、
姉妹作に「処女作」って本もあるんですが、
手に取るのはどーしても「遺作」が多くなりますね、
多くのミュージシャンの「処女作」「遺作」を
取り上げた本です、
1人、ほぼ2ページからたまに3ページ、
それぞれの担当の著者も違います、
昨日、取り上げたジミ・ヘンドリックス、
ローラー・ニーロもこの本からの抜粋ありの
オイラの思うことありの記事でした、
ジョン・レノンの遺作がこの本の
記事になってないわけはなく、
やはり超大物、絵も含めて4ページ、
破格の扱いでしょう、
ヨーコとの共作での遺作、それは
「ダブル・ファンタジー」
ジョンはスターでなく普通の一般人的な
生活に憧れてたそうです、
当時暮らしてたニューヨークでよく
散歩に出かけてたらしいです、
そして通りすがりの人に
「やあ、ジョン!」と気さくに挨拶されるのが
とてもお気に入りだったとか、
この本のある1部の写真です、
ただジョンは彼が思うほどそこら一般人では
ありませんでした、
彼はジミヘンやキング牧師やボブ・マーリーのように
アメリカ🇺🇸が消したいと思う人物だったのです、
KKKもFBIも彼を嫌っていた、要注意人物
1番だったのです、
愛と平和とジョンの抜群の人気と人を扇動できるカリスマ性、それを
アメリカは恐れたのです、
他に誰かいますか?
スティービー・ワンダーか?
ポール・マッカートニーか?
ボブ・ディランか?
エリック・クラプトンか?
ミック・ジャガーか?
キース・リチャーズか?
プリンスか?
誰もいない、
国家やジーザスに物を言える奴は結局、
ジョン・レノンしかいなかった、
彼は音楽的な天才だけではなく生まれ持った
人間としての天才だったのです、
彼はふらっと街を歩いていれば撃たれてしまう
男だったのです、ジョンの命日である、
80年12月8日、
ジョンがフラフラと下界に降りていって
少年、少女にサインしてあげていたのは
戦場を手ぶらで歩いてるようなものだ、
自殺と言ってもいい、
ジョンは覚悟の上で同じ男に2度サインをして、
そいつが撃つのを止めなかった、
ジョンは「イマジン」に
作者にヨーコの名を加えなかったことを
後年、とても悔やんでたといいます、
元々、ジョンは女性には優しいとは
言えなかったといいます、
ですが、ヨーコがジョン宛に書いた本に
「想像しなさい」と書かれてた1行が
あったと言います、
それがヒントで「イマジン」は生まれた、
そしてその恩返しのつもりで80年、
ヨーコの魅力を世界に示すべく
5年ぶりにスタジオに入ったんです、
ヨーコにより女性上位万歳の思想に
傾いていくジョンではありましたが、
生粋のロックンローラーであり、
音楽家、とても悲しいけど素晴らしい
「遺作」ができました、
紹介するのは2曲はジョンで
「スターティング・オーバー」
「ウォチング・ザ・ホイールズ」
そしてヨーコのこの曲、
しかもアルバム最後に収録されてます、
「ハード・タイムス・アー・オーバー」
(辛い時は終わるよ〕
涙しかありません😭
本「遺作」からかなり抜粋、参照、
そしてオイラなりの思いを書きました、
久しぶりにこの本を読んでジョンこそ1番と
思ってるオイラは感じるとこは
沢山ありました、書かれてること
もう全て忘れてました、
本は見直すもんですね、
ほんの4ページでも、
新たな発見というより忘れてたよりその
思いが強くなります、
ジョン・レノンはしがらみのないとこに
ふらっと散歩に出かけたのかも
しれません、
気さくに挨拶しながら、
それでは紹介した3曲、



