こんばんは


ジャズシンガー、

カサンドラ・ウイルソン、

90年代に知りました、

今は60は超えるかと、


彼女を知ったのは

今は日本国籍?ともかくイギリス人

音楽解説者の日本語はとても堪能な

ピーター・バラカン氏の

音楽情報だけで良いと決めつけて

翌日、レコード屋さんに向かいました、

とてもいいジャケット、

聴いたら、やはりオイラにはつまらないジャズ

ですが、1曲ハマりにハマったんです、

「泣きたいほどの寂しさだ」

ライナーを読んでみると、

50年代に活躍したカントリーシンガー、

ハンク・ウィリアムスの曲だとか、

オイラの癖としてその曲も調べました、

全くアレンジは違いますけど、

その曲からくる哀愁は本物、

カントリーらしく、宵越しの荷物は持たないぜ

とばかり、汽車の中でバーボンを浴びまくる、

そんな情景が目に浮かんできました、


ハンク・ウィリアムスの

「泣きたいほどの寂しさだ」とは

それからそれから40年後カサンドラの歌う

「泣きたいほどの寂しさだ」とは

ほぼ違わない、

アメリカ🇺🇸大地の汽車による別れ、

もうあなたとは会えない、

汽車の夜道、バーボン浴びながらさらばと

夜道に揺られ「泣きたいほどの寂しさだ」

の情景が目に浮かぶ、


そして40年後のカサンドラ・ウイルソンの

「泣きたいはどの寂しさだ」

ほぼ何も変わってはいない、

時代は変わっても

そこには泣きたいほどの寂しさだ」が

あるわけです、


ただひとつ言います、

泣きたいほどの寂しさは飛行機でもあります、

ただ、このカサンドラ・ウイルソンの

歌は素晴らしすぎて感覚を貫通しました、

人生は生き別れも含めてどれだけの

"泣きたいほどの寂しさだ"を経験してるんかな、

それではカサンドラ・ウイルソン、

「泣きたいはどの寂しさだ」

おそらく今日の最後の渾身の曲です、

どうか聴いて下さい、