こんばんニャンニャン😺なり✨


まずオイラのライフから

ハチャメチャです、

弟のように会社1日で辞めて寝ゴザもって

東京へいって、その旅費当時の

最後のお金かもしれません、弟が当時いた

大阪から

どーやって行ったのか、辞めた会社に対しての

申し訳なさはなかったのか?

今度弟に聞いてみます、

寝ゴザをどーやって手に入れたのか?

さらに聞いてみます、

弟は広島カープの大ファンです、

ちなみに弟も広島には一度も行ったことが

ないそうです、

その程度はオイラの中日ドラゴンズファン狂い

程度ぐらいの熱狂ぶりです、


でもオイラも考えてみれば

ハチャメチャな人生経験してます、

何という兄弟、今は亡き親父お袋の寛容さ、

ほぼ呆れてたと思いますが弟共々

いつも可愛がられた思い出があります、

親父お袋ありがとう、


社会人1年目、

地元佐世保にいました、

つまらない仕事でした、

休日が楽しみなのに、あるその休みを上司が

キャンプしようと言い出したんです、

オイラとしたら嫌に決まってます、

でも新入社員のオイラに嫌ということなんて

できず、

何と国立公園である九十九島のある無人島🏝️

でキャンプすることになったんです、

一泊2日です、せめて日帰りにしてくれよの

願いなんて通じもなく

送り迎えは雇ったボートがやってくれたんですが

俺は大雨でキャンプ中止を期待してたんですが

まっ晴れ、

携帯なんて考えもされない時代です、

あっても今でも圏外かもしれません、

無人島、

皆さんは美しい砂浜を想像するかもしれませんが

とんでもない、岩だらけの石だらけの

いつ怪我してもおかしくないとこです、

夜は釣った魚を焼いて食べる、

まるで原始人です、

ただ泳ぎは得意なんでそこは楽しかったかな、


その後酔ってスクーターでスーツ姿で

道路の真ん中ですっころんだことも

あります、

スーツはボロボロ、でもその場は

スクーターで逃げ去りました、


火事事件、

何度かお話しした事もあるんですが、

最愛の6つ下の彼女に振られ、

その翌日に40度の熱を出しまして

そのまま、仕事は休みました、

そんな熱がある感覚はなく

病院で熱計られて40度❗️

看護婦さんと睨み合いましたよ、

そんなわけないやろーと、

看護婦さんも確かにそーは見えませんが

事実ですと、ショック熱であったのは

いうまでもありません、

翌日、ケロッと熱引きましたから、


その娘が好きだったんです、

指輪も渡してました、

振られたのは年末の1番忙しい時、

他に好きな人ができましたとさ😇

あーそう( ;  ; )


年が明け振られてから何ヶ月か経ち、

3月だったと記憶してます、

翌日が休みでビデオで

大竹しのぶさん、永島敏行さんの

映画「永遠の二分の一」ってのを見て

さー寝るかと、それが夜の0時ごろです

その当時の俺はヘビースモーカーでした、

寝がけに枕元でタバコを吸ったのは覚えてる

んです、でも火をつけた以降寝てしまった、

朝6時ごろ頭がやけに熱くて起きました、

何と目の前が火🔥かボウボウ、

髪の毛は焦げてチルチル、

何とか枕で消火しようとして枕を

火に叩きつけてたら枕に火が移り、

ベッドにまで火がついてもう大変、

眠たかったんですが目はバチコン!

台所に行ってヤカンに水組んで何杯も

かけます、やっと鎮火、

部屋は焦げと焦げの匂いと、

何と言っても水浸し、それでもオイラは部屋の隅に

横たわり少し眠りました、

その少し後、両隣の奥さん2人が訪ねてきて、

何か焦げ臭くないですかと?

オイラは焦げたチルチル髪で対応し

そーですかねーととぼけました、

メチャクチャな神経してましたね、

ビルの6階でした、消防車🚒呼んで

当たり前の事態でした、

その日何と床屋に行き髪が焦げ臭いですね、

それと焼けてますよ

と言われて、こことばかりことの顛末を大声で

話して

スタッフはじめ他のお客さんの爆笑かって

変ですが何か嬉しかったのを覚えてます、

一つ間違えば犯罪者なんですけどね、

因みに両隣のご家族は1ヶ月も経ちますと

引っ越していきました、そりゃそうだ、

タバコは3年前の肺癌により完璧にやめました、

今は少しもタバコの事は考えなくなりました、


その火事の後、

糖尿病になったり肺癌みつかったり

他にもペーパードライバーで

こちとら運転に一生懸命で、なのに

中学生の万引き犯誤送中に泣きつかれたり、

それ説教したり、


気がついたらゴミ捨て場に寝てたりとか

ある彼女におんぶされて帰ったりとか、

ひどい時は引きずられて帰り着いたけんね、

まだまだエピソードは尽きませんよ!


でも流石に会社1日で辞めて

寝ゴザひとつを持って

ミュージシャン目指し東京の公園に

お世話になる程、弟ほど

オイラには肝は座ってません、


でも本当のことを言います、ホントニホントです

今はともかく

これでも昔はモテてたんですよー☺️

でも結婚できませんでした、

ほぼ、

オイラのいい加減な性格が理由だと

思われます、


曲はそれとは全く関係ありませんが、

60年代末から70年代初め、

イギリス🇬🇧の代表的なバンド、

フェアポート・コンベンション、

何度か紹介したことある曲ですが

元々イギリスのロックバンドを目指していた

このバンド、

ある日を境にイギリスのトラッドフォーク

をロックとして演奏することに挑戦した

素晴らしきバンドです、

「ア・セイラーズ・ライフ」

この曲のように彼らは荒海の方へ舵を

取りました、

イギリストラッドフォークへの海を

歩み始めたんです、


ボーカル・サンディ・デニー

ギター・リチャード・トンプソン

ベース・アチュレイ・ハッチングス、

ドラム、〈すみません失念しました


凄い演奏、

荒海がそこに見えそうです、

この中で有名なのはギターの

リチャード・トンプソン、

セミプロの弟か1番好きなギタリストって

いうんだから、てか本当に凄いギタープレイ

ですよ、トリッキーな魅力ある音は聴いてて

気持ちいいしギターの腕を

ひけらかさない超一流のギタリストです、


ボーカル、サンディ・デニー、

不慮の事故で早死にしましたが、

これこそイングランド女性のボーカル

ですね、

ツェペリンのⅣのB面でロバート・プラント

と「限りなき戦い」という曲で

デュエットしてましたね、


この曲は誰もが好きになれるような

曲ではありませんが、

イギリスの荒海を想像できるような、

「ア・セイラーズ・ライフ」

ある船乗りの人生、

その通りの曲であります、

演奏がそういう耳を持って聴くと凄いけん、


では