11月29日


このところ体調も精神面も安定し、

常に側で支えてくれた母を筆頭に家族の事を色々考えるようになりました。



家族がどんな思いで私を支えてくれていたのか。
家に帰っても気が休まる時なんてこれっぽっちもなかったはず。


全て状況を把握していた家族は
いつ自身の子供を失うかもわからない
それが今日かも知れないし明日かも知れない
そんな恐怖とずっと戦ってくれていたんだなぁと。


その精神的負担は計り知れません。


家族は1番辛いのは病気と闘う私だと言いますが、

何も知らずただ置かれた状況に耐えていただけの私以上に、家族は辛い思いをしていたと思います。



母は私が入院してから今も毎日欠かさず来てくれます。(皆勤賞です)

ICU内の個室に移り面会時間の延長が許されてからは、

毎日12時から20時過ぎまで私に付き添ってくれました。


全身にしっかり血が行き届かず冷たくなった私の手を握る母。

じっとりと嫌な汗をかく私の頭やおでこを何か確かめるように幾度も撫でる母。


どんな思いだったんだろう・・・


私は母がいなければ確実にくたばっていました。



父は普段感情を表に出さない人なのに、

移植の話をされた時も
リハビリで立ち上がれるようになった時も

母から聞く私の状況に一喜一憂し涙を流してくれたみたいです。


心臓補助の為足から管を入れられ身動きが取れなくなり、肩や背中が痛いという私に恐る恐るマッサージをしてくれた父。


私は忙しい中時間を作って来てくれる父を目の前にいつもメソメソ泣くことしかできませんでした。


そんな私に「たまにはお父さんの前で笑ってくれと悲しそうに微笑んだ父の顔が忘れられません。


不器用だけど、優しい父が私は大好きです。




姉は居住するシンガポールから急遽帰国してくれました。

姉は遠く離れた海外から私だけでなく落ち込む母も支えてくれたのです。


私が辛い思いを上手く言葉に出来ず悶々としていると、何かを察してか必ずお手紙やLINEでメッセージをくれます。


そこには私が知って欲しい気持ちが書いてあって
姉は私の気持ちに気付いていてくれる事にいつも安心しました。


姉妹っていいですね。




最後にわたしの大切な人。

私がICUに入院した事を突然母から連絡を受け知った彼。

面会もしばらく出来ず、私の容態もしっかりわからない状況が続きただただ心配をかけました。


彼は面会は出来ないのに私がICUに入ってすぐに病院に来て御守りを届けてくれました。

看護師さんから届けられた御守りを受け取り涙が止まりませんでした。


ICUに居た時も、検査や治療の時も
その御守りを握って耐えたり、
枕元に置いて寝たりしていました。


今も御守りに毎晩毎朝お礼をかかさずにしてます😌


移植の話をされた時も
子供が今後出来ないかも知れないという話をした時も

傍にいてくれる事を選んでくれた彼。


今はそんな彼が生きる希望で、生きる糧です。






辛い時、苦しい時、

一緒に頑張ってくれるのは

傍に居てくれるのは紛れもなく家族と恋人でした。



この病気になって色んなモノを失ったけれど、

何よりも大きくて大切なモノを見つけた気がします。


"感謝"なんて言葉はちっぽけで簡単すぎます。



これからまだまだ乗り越えなければいけない事がありますが、

家族にも彼にもしっかりお返しができるように強く生きていきたいです。


お父さんとお母さんの子供に産まれてよかった。

お姉ちゃんが居てくれてよかった。

彼と出会う事ができてよかった。

わたしは幸せです。