10月24日
バルーンパンピング(心臓補助の機械)生活4日目。
ICU17日目
入院生活の中で最も辛い日でした。
入院生活の中で最も辛い日でした。
先生から 心臓移植 の話をされたのです。
この日の朝
主治医が私自身の心臓のみで動いている圧の数値を見た途端、
「嘘だろ・・・」
と言って小走りで部屋を出て行ってしまいました。
恐らく自分の心臓の力のみでは殆ど動いていなかったんだと思います。
それでもお昼過ぎに面会に来てくれた母とはいつも通りおしゃべりをしてたし、
特に変わった自覚症状はありませんでした。
そこに再度主治医の先生が来て母だけを連れどこかへ行ってしまいました。
今まで感じたことのない程の嫌な予感がします。
更になかなか戻って来ない母に焦りを感じました。
「ペースメーカー埋め込むのかな・・・
いや大丈夫 きっと大丈夫・・・」
そう思いながら私は姉から貰ったiPadで動画を観て気を紛らわしていました。
しばらくして戻って来た母は目を赤くしていました。
「何?」
と聞くと、
「…心臓移植の話をされたの」
と声を震わせながら母は答えたのです。
息が詰まりました。
「ごめんね、もっと早く気付いてあげられれば…ごめんね…」
息が詰まりました。
「ごめんね、もっと早く気付いてあげられれば…ごめんね…」
そう母が泣いて何度も謝ります。
混乱する頭の中
お母さんのせいじゃないのに・・・
と、どこか冷静に思いました。
どうやら心臓は機械で補助をしても動きが良くなる事はなかったようで、
“あと2、3日投薬を続けても効果が出なければ 移植をするかどうか決断してください”
そう先生から言われたそうです。
声を上げて泣きました。
声を上げて泣きました。
今まで痛い事だって辛い事だって耐えて耐えて、
寝たきりで動けなくたって良くなる為だからと思って沢山我慢してきたのにどうして。
あと2、3日で決断?
『もし心臓移植を望まなければどうなるの?』
そう母に聞くと
これからも今と同じように点滴を続けるようになると言われました。
点滴が効いてないからこんな事になってるのに
そんなの2、3日で生きるか死ぬかを選べと言われているようなもんじゃないか。
ほんとうに死ぬかも知れないんだ。
その日の夜はICUの閉鎖された真っ暗な部屋に1人ぼっちで寝るのがただただ辛く、
面会に来てくれた父と母が帰った後もずっと泣いていました。
いっそのこと明日の朝目を覚まさずに
このまま死んでしまった方が楽なんじゃないかと思いました。
そしてお付き合いをしていた彼宛に
そしてお付き合いをしていた彼宛に
“出来れば今後ずっと一緒に居たかったけど、
移植を決断した時は私に振り回されず
自分の人生を歩んで欲しい”
そんなメッセージを長々とiPadに打ち込みました。
iPadに書き込んだのは直接自分の口で話す勇気も無く、確実に泣きじゃくって上手く伝えられる気もしなかったからです。
こんな時まで弱虫な自分が嫌になります。
そして後はもう何も考えなくて済むよう、
必死に目を瞑って睡眠薬が効いてくれるのをひたすら待ち眠りにつきました。