10月25日 
バルーンパンピング(心臓補助の機械)生活5日目。



入院生活18日目




心臓移植の話をされた翌日


目が覚めたその瞬間に涙が出ました。



なかなか泣き止めない私に、面会に来た母が

海外にいる姉から私宛に書いてくれた手紙の画像を見せてもらいました。


そこには、


生きる希望と家族の支えがあればきっと乗り越えられるという事。

"移植"で生きる事が出来る選択肢を与えられたんだという事。

その生きる方法として治療や手術と同じように受け入れて欲しいという事。


強く励まされる言葉が沢山ならべられていました。


また普段無口な父が家では私の状況に涙を流し

「家族が一つになる必要がある。移植をする時は家の土地を売って家族全員で引越すぞ」

と母に話していたようで、それをこっそり母が私に教えてくれました。


弱気になっていた母も、姉に電話越しに怒られたようで翌日から私のことを強く前向きに励ましてくれるようになりました。



主治医からは、

日本国内や世界には移植を受けたくても受けられない人が沢山いる事を聞きました。


生まれた土地や国、年齢、金銭面、精神面、

何より心臓以外の臓器が一つでも悪ければ移植の対象から外れること。




また面会に来てくれた彼に前日の夜にiPadに入れたお別れのメッセージを見せましたが、


「どんな状況になっても、時間がかかってもいいから待たせて欲しい。約束ね」


そう言って指切りをしてくれました。


私には心強い家族と
待っていてくれる大切な人がいる。


移植に対して

生きる事に対して

少しだけ前向きに考えることが出来ました。





しかし次の日から状況は大きく変わったのです。




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この日から飲水量制限が出されました


新しく飲み始めたサムスカという利尿剤の作用が強く、

激しく喉が乾く中1日に飲める量が減ってしまい 喉が渇いた時は氷を舐めるような日々が続きました。