「え、違うの?」

「いや、ただそう思ってもらってたことに驚いただけ。」

「"うれしい驚き‟ってこと?」

そのとおりだ、と言うのは恥ずかしい。頭の隅から、『思春期の子供でもあるまいに、何はしゃいでるんだ?』と声が響いた。面映ゆい気持ちで顔が赤くなりそうだ。答える代りに、緋乃の手をそっと包む。

「あなたは優しいから、こうやって気持ちを伝えるのよね。初めは何も言わないから、冷たい人だと思ってた。でも、これもだんだんわかったんだけど、言葉にしない代わりに何気ない仕草でその時の気持ちを教えてくれる。」

「そんなんじゃないよ。ただのテレ屋さ。」

「認めたね。そう、しかも意識してなくても気持ちが表に出ちゃう。隠したいときでもね。」

「あ、それ嘘をついたらわかるって言うさっきの話? 参ったなぁ、違うって。たまたま同じことやってるだけだって。」

「違うよ。だって、普段そんなことするところなんて見たことないもん。だからちゃんとわかる。」

「どんなことやるっての?」

「それはね…だーめ。 教えてしまったら、あなたのいいようにもてあそばれてしまう。」

「もてあそぶなんて、人聞きの悪い。ただ、みっともない仕草だったら、直したほうがいいと思って。」

「その手には乗らなわよ。」

「だめか。手強いな。」

「今頃気づいた?私、あなたが思っているほどおバカさんじゃない。ちゃんと分別のある、大人の女なんだから。」

「じゃあ、隠し事したいときは電話で話すことにしよう。そうすればその仕草とやらを見られることはない。」

「つまり、電話をかけてきたときは要注意ってことだ。」

「あー、まったく可愛い気のない。だからあくまでそれは…イタッ!」

 赤信号で止まっているのをいいことに、左耳を引っ張ったまま耳元で囁いた。

「好きな人をからかうのって、楽しい!」

 

斜めに背もたれにもたれ対向車のライトに浮かんだ顔には、いつもの悪戯な表情。

しかし、目元は優しく笑っている。