「ふむ、目標について語り合う〝友〟…フッフッ、新鮮だ。〝友〟と言う概念の中に、建設的な意味合いが含まれているとは考えてもみなかったな。いや、良い勉強になった。しかしだ、その〝語り合い〟とやらも、煩わしいことに違いがないだろう?語り合うと言うことはお互いが発言者でまた聞き手なわけだ。つまり相手の話の内容を理解し、自分なりの意見を構築し述べる。そして今度は相手が、こちらの話した内容を吟味して、意見を述べる。延々互いの意見の一致が得られるまでそんな不毛なやり取りを続け、いざ一致点を見出せないと分るや、お互いの主張を抑えた妥協案というものを作って納得した振りをする。結局はだ、相手に気を使い自分の言いたいことを言い尽くせないわけだ。特に彼の論理が稚拙なものだったら、話し合いは相手の最初の発言でジ・エンド、それ以上進める価値などあろうはずもない。」

その論理構成をも含めて話し合うのが友ではないのか?お互いの意見の内容、論拠をぶつけ合い修正しあう。論議とはそういったことであろう。どうやらこの男は、論議を無用の長物としかとらえられないようだ。

「ならば、目的達成のために悩んでいる友から助言を求められた場合はどうだ?結論を出せない相手を非難するか?」

「目的達成のために悩んでいる友から助言を求められたら…。それは貴様がさっき尋ねたことを違う表現・言葉で言っているにすぎん。相手を助けなければ自分も助けてもらえない、という。人間とはおかしなもので、望んでいなくともなぜか相談を持ちかけられることがある。幸いにも私に相談する輩などはいまいが、もし貴様がそんなはめになった時は、自分に損にならない無難な答えを与えて一切かかわらんことだ。その結果彼が不幸に会うことになったとしても、最終判断を下した責任は貴様にはない。傍観者でいる限りにおいては、負い目を感じることも手助けできなかった自分に悔しい思いをすることもない。親身になって考えてやる必要などないのだよ、他人如きには。」

先ほど感じた、〝人間臭さ〟はなくなり、元の断定的な言い方だ。

「なんて冷たい人間だ。良くそこまで人に嫌われることばかりできるものだ!」

「冷たい?なぜ人に嫌われるような行動しかとれないのか、だと?勘違いしないでくれたまえ。私は別に人に嫌われるような行動を好き好んでやっているわけではない。矛盾だらけの話を聞かず、他人に同調しないようにしているだけだよ。私は自分に正直に生きるしか能のない、不器用な人間なんでね。」

相変わらず低い音は響いているが、時折きらめきのような高い音が頭上を通り過ぎる。右から左、後ろから前へ、まるでアニメに出てくる流れ星の効果音のようだ。

「お前さんは、自分の感情どころか欲望すら口に出せないんじゃないか?」

ん?まただ。

「それは…認める。なぜなら断られたら辛いし、こちらが言いだしたことで相手が気分を害したら、自分に対する評価を下げてしまうだろう。」

「聞かされたほうは気分を壊し、自分への評価は下がる…こいつもまた傍目を気にした考えだ。どうして自分の思うところを正直に口に出来ない?嫌なら嫌、好きなら好き、欲しいなら欲しいと。」

「そのように直接的に口に出すのは、日本人本来のやり方ではない。己の感情は押し殺し、他人を立てることこそが美徳だ。本当に互いを思いやる関係であるなら、こちらの言わんとすること、欲しいと思っていることは察してもらえる。」

「感情を押し殺すことは美徳、相手はこちらの心の内を察してくれる?おいおい大丈夫か?いったい何時代の考えだ?今時、そこまで深読みする人間なんているか?いたとしたらまさにぶったまげた奇跡だ。フツーは本音じゃない言葉を額面どおり受け取られ、あっさりした答えに肩透かしを食うのが落ちってもんだろ。」

平易な表現に納得させられる。それにしても、表現だけではなく声の高さまで変わっている。もう一人の誰かが話しているようだ。

「訊くが、困難にぶつかった折、ときどき眼を閉じてブツブツ言っているようだが、あれは何をしているのだ?」

聞かれていたとは思わなかった。『何かにすがる思いであった』などと言うと、観念論など理解しないこの男にどういう言葉を浴びせられるやら。さて、何と言ってごまかすか。自分に対する鼓舞、行動の理由づけの確認、いや相手への呪いの言葉…

「無言の答えをありがとよ。察するに、自分の力の無さを〝誰か〟に救ってもらおうとしてたわけだろ?だがな、〝神〟は死んだ。んじゃあ〝誰か〟とは何なんだ?所詮お前さんが作り出した都合のよい偶像だ。それに頼って正解を導き出したいのだろうが、どこかに唯一の答えがあるわけじゃあない。あるのは一人ひとりにとっての正解と、個別の世界だ。」

限定された環境の中でなら正解らしいものはあろうが、それが普遍的に正しいとは限らない。イエスで首を振るインド人の存在など、固定観念の強い人々には想像もできまい。

 

「ひとつ提案だが、貴様の思いが正しいと証明したいのなら、いっそのこと自分の行動はすべて悪だ、と考えてみるのはどうだ?逆の立場での分析には、新しい発見があると思うがね。いやはや、貴様と哲学的な話をするとは思いもしなかった。」

低くフッと笑うと、立ち上がった。

「誠に申し訳ないが、私はここで失敬するよ。どうやら主にアドバイスをしなければならないようだ。本当のところは、貴様に感謝している。自分ではアイデンティティーを確立しているつもりだが、その確認は自分一人ではできない。しかし貴様の反面教師として主が私の存在価値を認め、たまには私が耳元で囁く甘い言葉を聴いてくれる。つまり、私の考えが単なる思い込みではなかったことだからな。」

妙に明るい、しかし皮肉のたっぷりこもった表現で尊敬してくれた。

「貴様と話すと楽しい。楽しすぎて、私を作り出したいろいろなキャラが顔を出したがる。しばらくここでゆっくりしていってはどうだ、ん?闇の世界を知ることで光の意義も確認できるというものだ。そうは思わんかね、良心君。いや、そろそろ建前君と呼ぼうか?」

くるりと背を向けると、薄暗がりの中に足早に消えて行った。

「ハッハッ〝建前君〟か!こりゃいい。」

誇らしげな声が、あたりに響きながら昇っていく。

 

                    続