スピリチュアルなんて、どうでもいい。
霊感があったらどうなんだよ!
霊視が出来たって、別に…という感じ。


宇宙語が話せたらいいなぁ。
と、話せる人をいいなぁと思っていたら


話せた!!
突然(笑)


でもね、しゃべれたからどうだって言われると何にもない♪


鉄棒の逆上がりを一生懸命練習して、いざ出来たらなんてことはなかった。


そんな感じです。
肝心の宇宙語ですが、しばらくすると話し方、忘れてしまいました(笑)
確認が完了したということでしょう。


不可能なコトはない。


それと、宇宙語を話せようが話せまいがどうでもいいってコト。
何の意味もない。だって、


話せないって決めるのは、自分自身なのだから。
不可能だって思い込むのも、自分自身なのだから。


以前、人のココロが読めるようになりました。
でも自分にとって必要ないから、すぐにその能力もなくなってしまいました、ほぼ。


これはワタシが特別なのではなく、誰にでも出来るコト。ただ信じていないのです。


「いつも自分のコト、信じてる!」

と力説しながらやっぱり出来ない。ほとんどの人がそうでしょう。


それは、「自分を信じている」と思い込んでいる時点で信じていない。それに不可能だと思わせる集合意識の影響が強いから。


誰もがイエスキリストのように、ガラリア湖の上を歩くことだって、出来るはずなんです。


出来ないのは、信じる心が少ないのではなく、神人合一の状態だったからでしょう。


そう、



ワタシは神だ!

モンスターエンジン

と信じた人。
と同時に、誰もが神であり、自らを特別な存在だと勘違いしていないコト。カンタンそうで、なかなか出来ないものです(笑)


水の上を歩いたり、壁をすり抜けるコトは出来なくはない。ただそこに至るまでがハードです♪


そもそも水の上を歩けたからといって、スーパーのタイムバーゲンに間に合うようになるかといったらカンケイない、まった。


壁をすり抜けたからといって、毎日の生活には何の役にも立たなさそう。同じ様に宇宙語を話せても、ココロが読めても、大して役には立たないんです。便利そうに見えても。


だから、自分が持ってないものを欲しても意味がない。
手に入れたと同時に、興味はなくなる。もしくは薄らぐから。その他は、執着へと変わる。


特別な能力があろうとなかろうと、どっちでもいい。
いい車、お金、服、家を持っていようが、どっちでもいい。


所詮、自分の概念だから。


だから、スピリチュアルに長けていようがそうでなかろうが、どっちでもいい。自分自身をどう楽しめるか、そこだけ考えていまここを生きればいい。


それでいいのダ。


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