悩みは繰り返す」の続きです。

解決したつもりがまた起こる。押さえ込んだつもりが、また頭をもたげる。まるでもぐら叩き。記憶の再生というところもあります。「記憶を書き換えれば問題は解決する。」なんていうところもありますが、そんなことはありません。



まず、記憶の殆どは不確かなことが殆どで思い違いが多く、勝手に思い込んだ記憶に原因を求めて、あたかもそこの起因するかのように思うこと自体が
ナンセンスだということ。



そして、そんなナンセンスなことを更に書き換えるなんてありえないし、書き換えたとしても、所詮金メッキ程度なのですぐに剥がれます。むしろキケンなのは書き換えをするときに数人で行うのですが、主導者が形成した
ラポールに陥ってしまうこと。いいことなんてありません♪



そして、ふたつめの理由がここに。「記憶は、脳の外に存在する?
一部転載します。

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ほとんどの人は、私たちの記憶が頭のどこかに存在していると考えるだろう。しかし、脳専門の医師たちも、一体脳のどの部分が記憶を蓄積しているのか、特定できないという。


そんな中、「
記憶は脳の外に存在する」と主張する科学者がいる。一体我々の記憶は、どこに眠っているのだろうか?  


英国の生物学者ルパート・シェルドレイク氏(Rupert Sheldrake)は、「形態形成場(モルフォジェネティック・フィールド)」が存在するという仮説を主張している。


人の知識や経験は、その人の人生が終わる時に消えるのではなく、どこかに蓄積され、そしてそのフィールド(場)には常に皆がアクセスしており、
情報を無意識にシェアすることができるという。


個人が感じたことはすべてそこの「場」に送られ、逆にその「場」からそれぞれ個人へ情報や感情などが流れてくるという。従って、「記憶」は脳に蓄積されるのではなく、コンピューターで言えば、「サーバー」のような「場」に存在し、脳はそれを解読する役割を果たすに過ぎないという。


これは、心理学者のユングが提唱した「集合的無意識」に通ずるだろう。


 「もし私がテレビの一部を壊して、あるチャンネルが見られなくなったと仮定しよう。もしくは、テレビの音が出る部分を壊して、番組は見られるけれども、音が全く聞こえなくなったとしよう。


このような状況になったとして、その見られなくなった番組や聞こえなくなった音は、テレビの中にあったと言えるだろうか?(言えないだろう)」


 「ただ単に(テレビの)チューニングシステムが壊れたために、正しい周波数をキャッチすることが出来なくなっただけだ。」

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記憶は集合意識の中に蓄積しているので、書き換えようがないんですね。ただ、書き換えたと思うのは自由ですが♪



前置きが長くなりましたが、問題は起きます。何度も何度も。悩みはなくなりません。繰り返し繰り返しあらわれます。これはどうしようもありません。だって生きているんですから♪



ぼくたち、そして私たちが出来ること。それは受け入れる!諦める、とは違います。かといって悪あがきすることとは違う。



受け入れる!



お金がなかったら、今月どうしようーっ!困ったー!ではなく、



わーい、お金がないよ~ん!



と言ってみる(笑)



誰かからジメジメしたことを言われる。



そっか、そんなにワタシの事を気にしてくれてるんだ♪



笑い飛ばしてみる!



そんなこと出来るワケないでしょ?ばっかじゃないの!



だから、毎度同じパターンなんでしょ?泣きながら毎回バッターボックスに向かって直球を投げているのと同じです。だから、カキーンと打たれるんでしょ?打たれ続けていたんでしょ?



だったら、カーブ投げたっていいじゃん!フォークボール投げたっていいじゃん!今までみたいに拒否ってばかりいないで、受け入れる!



そんな急に言われたって出来ないし…。



いいですかぁ?もう一度言いますよ♪












Let's Do It!



青龍@なで肩系スピリチュアリストでした。


それではっ!


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