日本で芸術映画というジャンルが浸透していないのは何故だろう?
おそらく芸術映画を作る者が少ないからだ。
そして芸術映画を作っても誰も観ないからだ。
つまり市場が全くないのだ。
私たちの先入観から映画とは迫力があり、笑いがあり、感動があるものだと決めてけている。
このような先入観が植え付けられている“映画”では、芸術映画というジャンルは阻害される。
しかし映画とは本来観て楽しむだけのものなのだろうか?
私は芸術映画こそ本来の映画が進むべき道なのではないかと思っている。
巨大スクリーンで迫力がある事や物語に入りやすい事が映画の持ち味ではない。
しかし映画の歴史はまずその道を進んでしまった。
迫力のあるアクション映画、感動できるヒューマンドラマ映画、ドキドキするミステリー映画、衝撃的なホラー映画。
次々に視覚的刺激、感覚的刺激を求めた映画が作られてきた。
そして映画は商売になり
作り手はそれに答え続けた。
このような状況の中でも芸術性を求めた監督はたくさんいる。
アンドレイ・タルコフスキーやジャン=リュック・ゴダールもその一人だ。
タルコフスキーは哲学をゴダールは詩を映画にしたような作品を残している。
そして彼ら芸術映画監督が映画に求めた芸術は時間である。
時間拘束された作品が映画である故に映画は時間を支配するものである。
時間をどう表現するのか?彼らはそれを追求し続けている。
芸術映画をこれからどう日本に浸透させるかが、私たちクリエイターの仕事である。
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