かわいいたしまるです(^^)/
2連休初日 土曜日
昨日
やっぱりうっかり 夜更かししてしまい
寝たのは2時
ちーん
でも今日は休みなので
ゆるゆると2度寝3度寝繰り返し
ふとんから起き上がったのは
11時過ぎ
いーと
たまには
いーと
今日は特に予定は入れてないが
あした母の日なので
施設にいるははに
おとうとと面会に行く予定
ははの誕生日は5月なので
ちょっとしたプレゼントを持っていく
母の日のお花は
直前に花屋さんで買うつもりだったが
近所に適当な花屋さんがないので
やっぱし
通販で頼んだ
今日の注文なので
母の日当日の明日には間に合わないが
花好きの母は
喜んでくれる
と
思う
父が亡くなって
葬儀火葬まで終え
父のお骨をもって
おとうとと帰宅して
位牌とともに
お仏壇に上げた
入院からそのまま
施設入所きめ
(詳細はいまは省く)
けっきょく
最後は施設→入院→施設→入院
のくりかえしで
家には戻れずじまいだった
ちちがまだ施設に入りたてで
まだ少しは元気だったころ
家に
半日くらい
外出で帰らせてあげようか
と
おもったことがある
けれど
家に帰って
ちちが
帰りたくない!
と言ったらどうしよう
とか
もう歩けなくなってる父の世話を
たとえ半日でもおとうととできるのか
とか
休みの日を
ちちの世話に使って
自分が疲れはててしまわないか
とか
いろいろ
いろいろ
考えてしまい
実現できなかった
きっと
ずっと
家に帰りたいと
ちちは思っていたかもしれない
父がなくなる1年前の10月
母を母の施設から
父の施設に連れてゆき
父母 わたし おとうと
の4人
家族で再会した
結果として
それが最後の家族での時間になった
もしかしたら
8年前に亡くなった
末のおとうとも来ていたかもしれない
父の葬儀のあと
帰宅して
父の遺骨をお仏壇に置いたとき
やっと家に帰ってこれた
けれど
生きては戻れなかった
生きてるときに
家に帰してあげられなかった
ちちに
ごめんね。
と言って
泣いた
たぶんだけど
ちちは
そんなこと気にしてなかったかもしれない
どれだけ親孝行しても
親が死んだから後悔は残る
あのまま
家で
父と母
両親を おとうとと二人
自宅介護続けてたら
まちがいなく
わたしの心か身体か
その両方かは
壊れてた
いろいろな介護のパターンはあるけれど
親の介護を
少なからず経験しておもったこと
介護される親より
介護する子供
介護されるより
する側の
ケアは
だれがしてくれるんだろう
って
おもった
母は
とりあえずはまだ元気だが
母が生きてる限り
ははの施設代等
介護費はかかる
その介護費を
どうやりくりしていくか
国に申請すればもらえるお金や
手続きしだいで
帰ってくる税金なども
あることはわかった
けれど
何通りのも申請や手続きのパターンがあり
介護の状況によっても
だれが介護してるかによっても
変わる
だれに聴いたらいいんだろう
どうやって調べたらいいんだろう
SNSにそれっぽい情報を出してる人はたくさんいるが
正直
おいしいところだけ書いてあり
ちょっと調べると
当てはまらないパターンも多々あることがわかる
でもおもった
こんな状況にでもならない限り
調べようとすらおもわなかっただろう
って
ずっと成人してからも
親と同居して
いま思えば甘えまくっていたわたし
成人した後
病気になったじきもあったけど
おやが基本
過保護気味だったこともあるけど
どれだけのことを親にしてもらってたか
末のおとうとが亡くなり
親の介護が少しずつ必要になってきて
やっときづいた
いいいみで
勉強になったし
大人になれてきたな
っておもう
いや
われながら
ここまでよくのりこえられたわ
人生いろいろです
辛い時 苦しい時
なんでじぶんだけ
ってよく思う
あの人に比べたら楽
とかは思わな着ていいけど
楽そうにみえる
しあわせそうに見える
恵まれてるように見える
あなたにとってうらやましいだれかは
その誰かの人生のほんの一部
人生の
光と影は
たぶん同じ量で
光の方が多い人
影の方が多い人
は
いない
一時的に光ばっかり
一時的に闇ばっかり
に
秦からみたらみえる時期はあったとしても
人の一生の
光と闇の量は
同一です
だから
どうせなんとかなるんだよ
自分を大切に
ではまた。



