ですねー
これで本当にアーティストとして、一皮むけるのか、もう演出の限界で本人がやめたくなるのか
あとはかまってちゃん本人自身の問題ですね
先日もアーティストの仕込みのことは話しましたが、ちょっと触れましたがそれはビジネス的なタイムラインの構築であると同時にその演出、キャラ設定等にもおよびます。当然
アウトローを感じさせて、お客さんにはアピールをしますが、何故、これが歴史に残るアーティストと違ってある部分でリスナーに反感や違和感を覚えさせているかといえば
それが演出とわかりやすいからです
あまり難しく考えなくてもそれはみえてきます
「みんな死ね」というアルバムのタイトル
はじめてみれば、なんてぶっとんだやつがでてきたんだっ!て思うと思います
でもこれって要はメールとかでよくある、びっくりするようなタイトルつけてつったり、まず目につかせる為の広告の文句とかわらないという部分があります
それでもアルバムのタイトルとしてはがんばっているほうではないか?たしかに
違和感はそれが普通にメジャーデヴューしてるアルバムで、生放送にも出れるこの安定したマネージメント感なんですよ要は
普通は問題になりそうなタイトルの曲でも、それが説明の着いたビジネスだからできている
本当にアウトローで触るのも危ないようなものはメジャーでは簡単に出せません
そんな猛毒を含んだアートを、われわれは、明るい世界の目をかいくぐってどうにかゲットして、摂取して、青春してきたものです
いまやチャラ男の宴会とかしたクラブ、ひとむかしまえ、本当に音とアーティストのやばいイベント、まれにそれは場所や時間も公表されず、さるルートを介して秘密裏に行われ、極秘の路地裏でチケットが販売されていたりしたものです
それは非合法だからとかそういうことではない
なぜそういう裏にまわるかといえば、アウトローというひとことでまとめられてしまう表の世界に、この深く内容のある文化を軽々しくあつかわれたくないからそういうふうにシーン全体で文化を守り、つくっていました
ところがいまでは、アウトローなアーティストはアウトローを売りと看板文句にビジネスできる時代
そっせんして軽々しい看板をつけることで「ほら、これは他と違ってちょっと変なことしたりしてるでしょ?これがアウトローだよーっ!みてごらん!ほらおもしろいでしょ?」と見せ物状態でビジネスしてしまっています
もちろん、そこに残念ながらパンクの精神やロックの精神、本来そんなひとであればもっているはずのものたち等はまったくありません
というわけでこれからはかまってちゃん本人の問題ですね
ちょっときわもののバンドでいればよかったインディーズではなく、それがビジネスとして求められる今
そんな自分でいることが出来る限り続くと思いますが、限界が来たらすぐやめるかもしれません
演出でできたパンクはそんなものです
あ、ちょっとまえでいえば、普通に考えて、見せ物にされることがわかっていればデビューはしないし、生放送?バックれますよっ!
リハやって、オンタイムで出演してるかまってちゃんはその放送中になにをやったとしてもまじめなビジネスマンです!えらいっ!