津軽家の江戸屋敷は両国の本所二つ目の上屋敷の他に中屋敷、下屋敷、抱屋敷、浜屋敷と呼ばれるものもあった。

 上屋敷は藩主やその妻子用中屋敷は隠居や世継ぎ用。下屋敷は国元からの荷を揚げるため主に水辺作られた蔵屋敷など。中屋敷や下屋敷の区別は判然としないものもあるが。

上屋敷はJR総武線両国駅に近いが中屋敷は錦糸町駅。下屋敷は亀戸と三つ並んでいるのも不思議な気がする。

 中屋敷跡は今は津軽稲荷神社になっている。戦時中陸軍の倉庫などに使われていたが、軍が引き上げた跡に屋敷神の稲荷神社が遺され、現在の稲荷神社になっている。

 目の前の道路には、かって南割り下水と呼ばれる掘割が流れており、本所七不思議置行堀(おいてけぼり)とも言われている。

 これで本所七不思議の二つも本所の津軽屋敷(上、中)とかかわっているとは不思議な話である。

 下屋敷の代表は両国駅近くのビジネスホテル「パールホテル」になっている。

裏手は隅田川の荷上場である。向かい側は幕府の蔵屋敷。蔵前の倉庫群があった

もう一つの下屋敷は亀戸天神裏の柳島と言われたところ。ここも水運の便が良く

今では隅田川の水上バスの乗り場がちかくにある。

 本所に過ぎたるもの2つあり。「津軽大名と炭谷の塩原と」歌にも詠まれた津軽大名はジョッパリの派手好きで江戸っ子にも人気があったのでなかったかと思われる。