今日は私の好きなジャン=ミシェル・バスキアについて綴りたいと思います。
以下wikiからの抜粋ですが
プエルトリコ系移民の母親とハイチ系移民の父親の間に生まれ、幼い頃から絵を描き、芸術的な活動をするように母親から奨励されていた。17歳の頃から地下鉄、スラム街地区の壁などにスプレーペインティングを始める。活動を続けるうちに高校を中退したバスキアは、Tシャツやポストカードを売りながら生計を立てていた。徐々に彼の描いたスプレーペインティングは評価され、キース・ヘリング、バーバラ・クルーガーの助力でニューヨークで個展を開くようになった。また、絵の中に描かれる王冠は彼のトレードマークとなっている。一時結成していたノイズバンド「GRAY」の名は交通事故のさい母親が病室に持ち込んだ本が由来している。
1983年にはアンディ・ウォーホルと知り合い、作品を共同制作するようにもなる。1987年のウォーホルの死まで2人の互いに刺激しあう関係は続いたが、バスキアは徐々にヘロインなどの薬物依存症に陥り、妄想癖が見られるようになった。そしてウォーホルの死によりさらに孤独を深めると共に、ますますヘロインに溺れていった。
1988年、ヘロインのオーバードースにより27歳で死去。
垂谷は写真だけでなくアートも好きなのです。
今やUNIQLOでTシャツにもなっているバスキア
カッコよすですね