身体をきれいに拭くので、待合室で待つよう言われた。
2時間近く待った気がする。
待合室には交通事故で弟をなくしたという姉と夫。姉がわーわー泣いてる。
事故死はショックの度合いが違うだろう。
夫に電話した。彼の母親を病院へ付き添っていた。
余命数日と言われていたので、夜面会に来るつもりが間に合わなかった。
霊安室。左が事故死の方、声が聞こえる。母は右がわ。
さっぱりと安らかなきれいな顔をしていた。もう、戦わなくていい。
先生と看護婦さんもお焼香に来てくださる。心遣いが嬉しい。
兄が葬儀屋を手配してくれた。親しい親戚へ電話して伝えてくれた。
入院費の支払い手続き。さらさらと事務手続きが進む。
悲しみ一杯というより、ことが過ぎた。
よい形で過ぎた、というような気持ちだった。
葬儀社の霊柩車で母の遺体が家に戻った。
ソファを2階のベランダへだして、スペースをつくる。
隣家から青いシートをもらって、雨よけに上にかけた。
2階で葬儀屋と打ち合わせが始まった。
花を置きたくて、地元の友だちの花屋に行った。店には友だちがいた。
カサブランカとオンシジューム、デルフィニウムで大きな花束を作ってくれた。
花瓶を貸してくれた。
夜、親戚が集まってくださった。
おじさんに「恭子ちゃんが来ると、安心して力が抜けるみたいだったな」と言われた。
シカゴから次兄が到着した。
兄も間に合わなかった。連絡のたびに母の状況は刻々と悪化していった。
お寿司をとった。なんの用意もなく、生協へ買い物に行った。
夜10時過ぎに呼び鈴が鳴る。
出ると、花屋の友人が、さっきとは別に、枕花にと、かご花をもってお焼香に来てくれた。
ありがとう。本当に、ありがとう。
わざわざ、家を訪れてくれる、古い友人の心づかいがほんとうに嬉しかった。
町に生きた、母の葬儀が始まった。
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あっぱれに生きて 逝きたし 福の豆 治子
母の俳句が、引き出しから見つかった
この年の節分に、癌再発前に詠んだ句だと思う。
あっぱれだったよ、おかあさん。
私はお母さんを誇りに思う。
お母さんのように、小さい人生をひとつひとつまじめに生きていくからね。
待ってて、天国で会おうね。
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