JR東海の子会社、パッセンジャーで弁当やサンドウィッチの消費期限表示で、偽装していたと報道があった。

「JRよ、お前もか…」という気分で、とりわけてどうのこうのと言う気分にはならないが、内部告発でしか浄化されない組織って…。

そこが問題なんだなと思う。

組織がデカくなればなるほど、右手と左手が互いに何をしているか分からなくなる。その組織をマネジメント、ガバナンスする事は至難の業だ。


日本はここ10年で大きく様変わりしたと思う。

それも悪い意味で…。


なんでもかんでも競争競争と、「勝ち組」と「負け組」に色分けし、富める者はさらに…、そして貧しければさらに貧しく。
少し前は、貧乏は「する」ものじゃなく「味わう」ものだという美学もあった。だがいまは貧乏は「苦しむ」ものとなった。

自己責任を押しつけながら、その責任の所在はどこにあるのかさえ分からない実態。

「安全神話」というフレーズはもう昭和のものになりつつ、今やエレベーターに乗ってもジェットコースターに乗っても、マンションを買っても危ういご時世。

こんな世の中に誰がした。

今や内部告発万歳だ。

この映画は、出張時の移動の時間にPSPで観た。
耳にイヤホン差し、小さな画面に釘付けのSF映画鑑賞。


ストーリー自体はありがちなパターン、でもマイケル・ベイが作るとなかなかどうして、ドキドキハラハラな展開で小気味よい。

「クローン」という人類のモラルを問うテーマで、よくもまぁこんなに街をガチャガチャぶっ壊しながら、アクションSFが成立してしまうところが、この人スゲーなと思う。


ユアン・マクレガーはどうでもいいが、スカーレット・ヨハンソンがベッピンな事。
3~4年で作られたクローンだけに、社会における適合年齢が15歳以下程度という設定が、またスカーレット・ヨハンソンを可愛く見せる。まぁユアン・マクレガーも時折見せるやんちゃ坊主のようなキャラはカッコイイが。


しかし実社会の現在でも、こんなクローン人間を作ることが可能なんだと考えれば、若干背筋が凍る気分もありながら、「もっと早く観ておけばよかった」。

で、よい映画。

「東京都足立区西竹の塚の区立大境公園で今年6月、小学6年の女児ら3人が乗って遊んでいたタイヤブランコが落下、軽傷を負った事故で、警視庁竹の塚署は30日、区の施設管理に問題があったとして、業務上過失傷害容疑で、区公園維持課の前課長(50)と課員(58)の2人を書類送検した。ブランコは昭和59年に設置され、ブランコとポールをつなぐボルトのネジが摩耗していた。区は定期点検を委託した会社から3月末に、ブランコが「老朽化で至急対処が必要な状態」などと報告を受けていたという。このため、警視庁は報告段階で、使用停止や修理をしていれば事故を防げたと判断し、区の担当者らを書類送検した。」


いやはや、もはや役所など「役に立たない所」満開である。


このニュースに注目したのは、何も「公園の遊具が危ない!」や「軽傷ぐらいで騒がしい!」というような主旨ではなく、役所は知ってて何の対策も講じなかったことが問題だと注目した。


厚生労働省、薬害肝炎に見るような、「ヒトをヒトとも思わない」事件の小規模事件は、全国津々浦々たくさんあるということを明確に示している事故である。


役人の特権階級意識。
国民・市民・住民の生命や財産など、「お上のもんじゃい!」と言わんばかりの、事なかれ「放置主義」は、断罪されるべきだ。


こうやって問題が露呈した場合は、その役人「打ち首」にすべきなのだ。
それ以外に、役人の規律心正す効果はなかろう。


この事件に限って言えば、委託業者は「至急対処が必要」と言いながら、「この遊具で遊ぶな」という対策は講じていなかった訳で、全くもって役所と同罪。


世界のパブリックセクター情勢や、本来の公務員像・現場実態見ず、「公務員減らせ」と金切り声上げて言う市民グループや、それに扇動される政治家もなんだかなぁ~。優先順位間違う役人もどうだかなぁ~。

こんな馬鹿な大人たちのせいで怪我した小学生は、本当に「社会の宝」扱いされておらず「可哀想…」としか言いようがない。


公園の遊具などというものは、多少無理な遊び方をされるという事が前提・想定の、必要以上に強度求めるものが「常識」。常に過失問題がついて回るセクションだろうに、危機管理なってないこと甚だしい。


ここからは憶測でモノ言うが、どうせ数年に代わる代わる座る管理職、自らの職域の全体像見える頃に人事異動、というような代物の小役人だろう。こんな小役人に限って、災害時は自らの家族の安否のみ案じ、公僕とはなり得ないイメージがつきまとう。こりゃ言い過ぎか…。