私たちの暮らす日本の水道は、布設開始されて以来120年が経過し、現在の水道法が制定されてから半世紀が過ぎようとしている。この間水道は、1960年代から70年代にかけての高度経済成長期を経て急速な拡大期を経験し、今日では大部分の市民が利用できるまでに普及している。
他の国々から見れば日本の水道は、水質、水量、事業経営の安定性などの面において、世界でも最も高い水準の水道が実現している国の一つと言われているが、その一方では20世紀に整備された水道施設の多くが老朽化しつつあり、その更新が喫緊の課題となっている。
21世紀は、今後幾度となく繰り返される水道施設の大規模更新・再構築を初めて経験する世紀となると予想される。
これまでの右肩上がりの人口の推移は終焉を迎え、人口減少時代に突入していることに加え、官と民、国と地方の役割分担の見直し、グローバリゼーション、市町村合併等の地方自治の枠組みをめぐる動き、水道事業体における若年技術者の減少など、水道を取り巻く環境は大きく変化している。
日本の水道事業を所管する厚生労働省は、上記のような抱える課題について、水道に関わる全ての人々の間で、水道の将来について共通認識の形成を目指して04年6月に「水道ビジョン」を策定し、翌年の05年10月には安全や水質の向上のため、「地域水道ビジョン」の作成を事業者に求めた。
策定から3年が経過した時点における目標の達成度から将来の見通しを予測する「水道ビジョンフォローアップ検討会」はすでに8回開かれ、水道ビジョンの改訂版は6月頃と予定されている。
水道ビジョンについて、日本の水道の将来を考える上では非常に重要なものであると認識するが、地域水道ビジョンに関して、現在に至っても全国上水道事業体の作成状況は、約半数に過ぎないという実態であり、地方における水道事業に対する「見つめ方」は、希薄もしくは形骸的なものとして取り扱われていると分析しなければならない。また、水道ビジョンフォローアップ検討会の議論経過では、第三者機関を活用した業務評価の仕組みの不明確な点や、ボトル水の問題を含め節水と地球環境の課題に対する視点の欠落など、この間公営水道を主張してきた私たちの思想からは大きくかけ離れている論議がされてきた。現在それらの内容については、一部修正をしながらも検討の期間を終了し、パブリックコメントを求める段階にきている。
水道ビジョンや地域水道ビジョンは、誰のための水道事業をめざしているのか、厚生労働省の施策はどうなのかといった根本的な危惧があると言わざるを得ない。
一方、世界の水道事業の実態を見れば、「水」の民営化(私営化)をめぐって多くの国々で水企業と住民(市民)との激しい攻防が繰り広げられている。
世界で安全な飲料水にアクセスできない人は10億人、基本的な衛生設備にアクセスできずにいる人は26億人存在するといわれている。安全な水や衛生設備にアクセスできないことを要因として死亡する子どもたちは、年間108万人といわれている。
この現状を改善するために、2000年9月国連ミレニアムサミットで採択、まとめられた「国連ミレニアム開発目標」では、「2015年までに、安全な飲料水を継続利用できない人々を半減する」という目標が掲げられ、世界レベルでの取り組みが必要だと確認された。
途上国を含む世界の都市部では、そのほとんどが公営水道であったが、特にに途上国の公営水道供給システムがうまく機能していないという実態を受け、海外の民間グローバル水企業が次々に途上国の水道事業運営に参入するものとなり、当初「貧しい人々に水を届ける」と期待され途上国に導入された民営化(私営化)は、民間企業の利益優先という性質上、その結果は散々たるものとなった。
民営化(私営化)信仰が根拠のないものだったという結果は、いま世界各地からのレポートや研究で明らかなように、「民営化(私営化)が解決策」としてきた潮流が、少しずつ変わろうとしてきている事を意味している。
いま日本の水道事業は、質・量・技術ともに世界最高の水準を有しているものだと考える。それは、あくまでも「今が頂点」という考え方であり、昨年6月に発生した北見市の高濁事故や、今年2月の登米町断水事故など、今後の水道事業を展望すれば、「衰退が始まっている」と見なければならない。
「官から民へ」の大合唱のなかで、業務のひとつひとつは、参入する民間企業とのコスト競争にさらされ、給水量の減少による収入減は、「市民のための水道」から「お客様のための水道」という意識変革を余儀なくされている。
災害や突発的な事故に対応しうる「公営」という考え方と、利益を優先する「民営(私営)」という考え方は、どこまでいっても相容れないものだと考えなければならない。
人を含め全ての生物は、水なくしては生存できない。それは、飲み水にとどまらず体を洗う水を失っても同様であり、全ての生命の源は水にある。
存在するあらゆる水(表流水・地下水・湖沼の水や海水など)は、国民共有の財産である。政府・地方公共団体は水の公共性を常に確保し、健全な水循環サイクルを国民に保証する責務を担わなければならない。そのためには、現行水制度における完全な縦割り制度ではなく、水関連諸法の基本的な考え方を統一する、水管理の憲法ともいえる「水基本法」の制定が必要である。