時々、僕の人生を振り返ってみたいと思う。
セックス依存症になってしまった兆候が
どこにあったかなど確認していきたい。
分析というカッコいい言葉を使えば
過去の人生の響きが心地よい。
なんとなく自分に言い聞かせてみる。
僕は広島市で生まれた。
幼いころは可愛かったらしい。
かなりのアメリカかぶれだったので
大学はアメリカの学校に行った。
22歳のころ、少し鬱になって
大学を休学して
パンクバンドなどして遊んで過ごした。
カリフォルニアの砂漠は鬱に最適の場所のように思う。
チャールズ・マンソンが砂漠でバス生活していたことに
まったく違和感は感じない。
パンク仲間はみんなそれぞれにおいて哲学者だ。
愛読書はサルトル、カフカなどなど
今はそれ以上思い出したくない。
僕も実存主義の世界に迷い込んでしまい
LSDで脳みその細胞が爆発的に破壊され続け
自分の人生について真剣に考えた最初の時期だった。
2年間、大学に行ってないのに
強制送還にはならなかった。
たぶん僕のような学生も何人かいたのだろう。
自分が存在する理由を探し続けるためだけに存在した。
カリフォルニアの最高に贅沢な太陽の下で
アパートの中に閉じこもってずっと仲間たちと
現実と幻想の間をうろついた。
息をすることで
僕の体に流れている血液が味わえた。
喉奥深くに血液の味がわかるポイントがある。
僕が存在していることを確認したかった。
窓から青い空を見上げると
雲が異様に早く流れている。
僕も映画を作れるかもしれない。
でも、鏡だけは見たくない。
目や顔のパーツが動きだす。
嫌悪感が湧いてくる。
自虐的な曲から満たされることのない満足感を得ながら
実存主義的な思想の本を読み漁った。
僕の存在(Being)が誰か他人に認識されたことを
自分で認識できて始めて自分が存在していることがわかる。
自分が自分を認識するのは難しすぎる。
22歳の僕はそんなことを思いながら生きていた。