思い出すというのは非常に重要な機能です。
というのは、基本的に私たちは
全ての情報を記憶しています。
生まれてから死ぬまでの間に受けている
全ての情報を受けて、記憶しています。
具体的な言語化されるような、
思考化されるような記憶の形に変形していない、
もっと原理的なものが記録されているということです。
例えば、常に音は聞こえ続けていますし、
光が入り続けている、影が入り続けている、
匂いも味も皮膚の感覚もずっとあるんですけど、
その入ってきた情報が意味を持って、
その情報を出力できる状態になるかというのは別問題で、
生まれた時から死ぬまでずっと記録されています。
その五感を通して入ってきたもの、
心も含めて六つの感覚器官を通して
自分が知覚したものが、自分を構成している。
それによって自分がまた行為をして、
行為した結果のフィードバックを受け続けるという、
これをカルマと言います。
ある程度ヨガが進んでくると、
生の情報、
まだ形を成していないような生の情報というのを、
できるだけその生の状態で、
自分で勝手に加工しない状態で
思い出せるようになります。
呼び出せるようになります。
これがいわゆる「超能力」とかの理由なんですよ。
元々人間がみんな知覚しているあらゆる情報を
高度に処理して、
意図的に出力できるようになるというのが
「超能力」です。
みなさん、その「超能力」のもとになるものは
既に持っているということです。
別に「超能力」を得ましょうとかいうことではなくて、
その思い出す機能、
日常でも
「ああ、あれを思い出した。これを思い出した」
という体験があると思いますけれど、
その機能自体が
そういった人の高度な能力を呼び出していきます。
ここに繋がっていくということです。
そういった人の能力というものすら置いておいたとして、
思い出すということをしないと、
私達にとってそれは存在していないのと同じなんです。
本当はそこにあるのに、
自分の思い込みで、勝手に作った世界、
自分の勝手な思い込みで忘れている世界のまま
変化がないからです。
だから思い出すということは
すごく大事です。
思い出し方も、
偶然に任せて適当に思い出していると、
やっぱり弱いです。
そこは、体を鍛えてない人と
同じような状態です。
普通に生きていれば筋肉は使えますけれど、
体を鍛える、意図的に鍛えるようにしないと
どんどん体が弱っていくのと同じように、
脳の神経回路も
使えば育つ、使わなければ弱るという話ですから、
偶然に任せて思い出そうとしていたら、
機能は衰えていくばかりです。
自分が意図的に
「なんだったっけな?」
と思い出そうとするのが大事です。
随分前から脳科学でもこういった話はされている、
テレビとかでもされているレベルだったと思います。
ただ、その意味をよく考えてほしいです。
自分の生活に当てはめていく。
真剣に使おうとしたいですね、その機能。
もうひとつ、ヨガをしていくと、
もう一段階、
誰でも進める領域があります。
その思い出す機能というのは
肉体と関連しています。
筋肉のある部分が緩んでいって、
体が整う瞬間に、
その筋肉と関連していた、
筋肉の歪み、体の歪みと関連していた記憶が
解放されて出てきます。
幾つか、何度かこれを体験したことがある人も
いると思いますけれど、
深いリラックスの状態で
何の前触れもなく、
突然あることを思い出しています。
それはちょっと先のレベルの、
努力して思い出そうとするよりも
一歩先のレベルの思い出し方です。
でも、別に
「その思い出したことはなんだったかな」
とか分析する必要、再体験する必要もなくて、
ただそれが起きたという、
そういう脳の鍛え方をしたということが大事です。
これが進んでいくと、
ある意識の状態、
ある身体の状態に自分を持って行くと、
あらゆる情報が思い出せるようになる。
あらゆる情報が引き出せるようになる。
あらゆる生の情報を再構築して
出力できるようになるというのが、
最初に言った「超能力」とか、
ある種の意識の状態です。
これは誰でも段階を踏めばできるようになりますし、
その高度な段階に進まなくても、
日常生活を良くしていくために必要です。
思い出すということ、
この機能について真剣に考えて、
大事にして、
使っていってください。
- 前ページ
- 次ページ