痕跡とは何であろう・・
店内を見回しながら考えている
ただそこに在るだけでは痕跡ではない
誰かの目にとまりその誰かの記憶に留まるものが
痕跡であると思う・・
はたして僕の痕跡は・・
誰かの目にとまり留まるだろうか・・
人生論ノートを手に取りながら人生を振り返る
五十歳過ぎて独身・・子供も居ない・・
両親も看取った・・
親戚づきあいも無い・・
これといって取り柄も無い・・
僕の痕跡は・・僕の死んだ時点で
何もなくなるだろう・・
いや・・それでいいじゃないか・・
人の死は二度で・・
生命が終わるときが一度目の死で
誰にも思い出されず・・
忘れ去られたその時が本当の死だと言う・・
ならば僕の場合・・
この命が尽きた瞬間に本当の死を迎える
それでいいじゃないか・・
そう思うと・・
「ドラゴン刑事・怒りの危機一髪」
に残した自作の最後のページが・・
愛おしくて・・しかたなくなる・・
事を成してよかったと思える・・
次に誰かがあの本を手にしたとき・・
僕の存在が・・その痕跡が認められ・・
その人が知るはずの無い面識の無い

この僕の痕跡が・・存在が

誰かの脳に記憶として留まるのである・・
そんな大げさな感動に包まれているとき
古本屋のレジから細い声がした・・
「あのぅぅ・・ぼちぼちぃお店閉めたいんですがぁぁ・・」
丸メガネで青いチェックのワークシャツのバイトくんが
申し訳なさそうに微笑む・・
気がつくともう午後9時前だった・・
レジで50円を払って人生論ノートを購入・・
今日は素敵な冒険だった・・
古書店を出て通りを隔てた中華屋の明かりが目にとまる・・
(そうだ今日は何も食べて無いや・・)
信号を渡り永楽軒へと向かう
アルミサッシの引き戸を開け店内を覗く
いつもは閉店の10時ごろまで常連さんが呑んだくれているはずが
今日は誰も居ない・・
「まだぁ時間・・ダイジョウブっすか?」
僕がそう聞くと厨房内の二人が声をそろえて答えた
「大丈夫ですよ!今日はなんか暇なんですぅぅ」
二人の顔を見て僕はハッとすると同時に微笑んだ・・
A・・メガネをかけた痩せ型草食オタク男子・・
B・・60歳代の白髪長髪ひげを蓄えた賢者タイプ
・・が白衣を着てそこにいた・・
そうか・・記憶の痕跡がつながった
古書店~永楽軒そのイメージが僕の脳中に沈殿し投影していたのだ
「中華丼と生ビールと餃子!!」
僕は自分でも驚くくらいの大声で注文した
「はいよぉ!」
永楽軒の店主が調理に入り二代目がジョッキにビールを注ぐ・・
すぐに中ジョッキとサービスの
塩茹でされたピーナッツが僕の目の前に配膳され
僕はそれを頂きながら人生論ノートのページを開いたが・・
頭の中ではカモメのジョナサンが港の青空を
ゆっくりと飛んでいる映像がうかんでいるのだ・・。