9月10日、一緒に暮らしはじめてまだ2年の飼い猫がお空に旅立ちました。
出会って2年、彼に私はどれだけの事が出来たでしょうか…。
出会いは友人からのSOS。
家の前に猫が居るんだけど、何かケガしてるみたいだから保護出来ない?
その文章と共に彼の写真が添付されていました。
既に猫と暮らしていた私は正直
直ぐに保護しよう!
とはなりませんでした。
助けたい気持ちがあっても、
今居る子も大事だし…。
と色々考えて行動にはうつせませんでした。
それでも写真に写っていた彼を見たときに何処と無く放っておけない感じがしたので、翌々日に友人の家に足を運ぶことにしました。
探しても出てこなければ諦めよう。
そう思いながら探してるせいか、中々彼は見つかりませんでした。
いったん切り上げ、昼食を食べ、友人宅前に差し掛かると、彼が車の下に居るのを見つけました。
声をかけると寄ってきてくれました。
スリスリと体をくねらせて私の手に寄ってきてくれたんです。
直ぐ様保護をして、病院に連れていきました。
自分で飼う事が出来なくても、せめて里親くらいは見付けてあげようと思いました。
病院で見てもらうと、彼の爪の1本が剥がされたのか無くなって、膿んでいました。
猫風邪も引いていて、鼻水がすごかったのを今でも覚えています。
猫風邪が酷すぎて左目のシュンマクが戻らなくなって、目の上に被さっていて、左目はほとんど見えてない状態でした。
それでも彼は懸命に生きてました。
保護して直ぐはワクチンが打てないのと持病がないか調べれないと言うことで、2週間後また病院へ。
結果は
猫エイズ
でした。
傷の治りが遅いのはそのせいかもしれないの言われただただ悲しくなりました。
エイズでも彼は猫風邪や怪我に負けずに頑張って治しました。
彼の名前ですが、保護をしたのが夏だったので名前は『瑠夏』(ルカ)とつけました。
漢字が難しかったのでほとんどカタカナで記入してしまってましたがね、本当は漢字で考えてたのです。
ルカはとても賢い猫で、性格は温厚で甘えん坊とまさに理想の猫ちゃんでした。
これならエイズというハンデがあっても里親が見つかると確信してました。
諦めないで里親を探していましたが見付からず、家で過ごす日々が長くなっていきました。
ルカと暮らして半年が過ぎた頃、突然異変が起こりました。
夜寝ていると【ガタンッ!】と大きな音がして飛び起きた私。
音がした方へ行ってみると…ルカが倒れて動けなくなってました。
次の日病院へ。
脳卒中で脳神経が麻痺しているかもしれない。
告げられた言葉に、私はその場で泣いていました。
どうしてこんな良い子に限ってこんな事に…。
ただただ涙が止まりませんでした。
病院から帰り、私は決意しました。
ルカは家の子です!!って。
その日から、ルカと私の闘病生活が開始しました。
ルカと私が闘病生活として選んだ道は、薬による延命でした。
ルカと と言うより私が決めたのですがね。
それでもルカの生命力、生きる力を信じてやりたかった。
ルカは薬を飲み続け、奇跡的にも回復をし始め、最終的には薬を飲まなくても大丈夫な程に回復しました。
私は安心しました。
病院でも良く頑張った!でも完璧に治った訳ではないからおかしいなと思ったら直ぐに見せに来てね。
と言われていたので気は張りつつルカとの生活は続きました。
それから半年の間は本当に、普通の猫ちゃんのように走ったり遊んだりご飯をモリモリ食べて元気に過ごしてました。
でもやっぱり、根本的に病気が治った訳ではないのでそんな元気な姿を見れたのは半年の間だけでした。
また体調が悪くなったルカ。
薬を飲み続けても良くなったり悪くなったりの繰り返し。
今年いっぱいは持たないかも…。
そう、私の脳裏にはチラついていました。
薬を再開してから2ヶ月、体調の良し悪しが激しいなかルカは精一杯生きてました。
流動食をあげても口からこぼしながらそれでも少しずつ飲んでくれたり、水もスポイトで飲んだり。
時には点滴を射った日も。
ルカは懸命に生きようと頑張っていました。
たまに調子が良くなるとご飯を自ら食べたりもしてくれましたし、水も自力で飲んでくれました。
9月8日その日はご飯を凄くねだり、私の指をご飯と勘違いして噛んでしまうくらいの食欲、水も自力でガブガブのみ、トイレの砂も自力でかけようと頑張っていました。
その姿を見て、私は
ルカは今年も大丈夫、回復してきたぞ!
と思ってました。
9月9日、この日は朝は何とか口にご飯を入れてあげると食べる程の元気のなさ。
ずっと寝ていて元気がまったくありませんでした。
それでも、闘病生活中は薬を飲んでも元気のない日もあったので、今日はそんな日なのだろうと私は思ってました。
夜、ルカが珍しくお漏らしをしました。
体調が悪いから仕方ない!
とルカを励ましつつ、体を拭いてあげました。
ご飯はまったく食べようとせず、口に入れてもボロボロこぼれて、もう自力で食べようとすらしてくれませんでした。
それでも、それでも名前を呼ぶと鳴いて返事をしてくれる、ルカ。
明日には元気になってると良いね。
そう言って就寝。
9月10日、旦那の声で起きた私。
ルカの様子が変だから見て!
飛び起きて駆け寄る私。
ルカ?ルカ!
声をかけても、返事はもうありません。
目は大きく見開き、瞳孔が開いている状態、体は痙攣…。
ルカ、やだよ、頑張って、ルカ!
痙攣して頑張ってる姿を見て、私は
頑張ったもんね、今までずっと頑張ってくれたもんね、ありがとう、ルカ。
そう声をかけたとたん、彼の痙攣が止み、体から力が抜け、そして静かに息を吐いてルカはお空に旅立ちました。
朝7:32でした。
頑張ってきたルカに、最後まで頑張って飛び起きて言ってしまった私。
それでも生きてほしかった。
もっと一緒に居たかった。
でも、彼の頑張ってきた姿は誰よりも見てるから。
彼が最後の最後まで、家族全員揃うまで頑張って生きて耐えてくれてた事を私は知っているから。
だから彼に
私の猫で居てくれてありがとう!
と声を大きくして伝えたい。


出会って2年、彼に私はどれだけの事が出来たでしょうか…。
出会いは友人からのSOS。
家の前に猫が居るんだけど、何かケガしてるみたいだから保護出来ない?
その文章と共に彼の写真が添付されていました。
既に猫と暮らしていた私は正直
直ぐに保護しよう!
とはなりませんでした。
助けたい気持ちがあっても、
今居る子も大事だし…。
と色々考えて行動にはうつせませんでした。
それでも写真に写っていた彼を見たときに何処と無く放っておけない感じがしたので、翌々日に友人の家に足を運ぶことにしました。
探しても出てこなければ諦めよう。
そう思いながら探してるせいか、中々彼は見つかりませんでした。
いったん切り上げ、昼食を食べ、友人宅前に差し掛かると、彼が車の下に居るのを見つけました。
声をかけると寄ってきてくれました。
スリスリと体をくねらせて私の手に寄ってきてくれたんです。
直ぐ様保護をして、病院に連れていきました。
自分で飼う事が出来なくても、せめて里親くらいは見付けてあげようと思いました。
病院で見てもらうと、彼の爪の1本が剥がされたのか無くなって、膿んでいました。
猫風邪も引いていて、鼻水がすごかったのを今でも覚えています。
猫風邪が酷すぎて左目のシュンマクが戻らなくなって、目の上に被さっていて、左目はほとんど見えてない状態でした。
それでも彼は懸命に生きてました。
保護して直ぐはワクチンが打てないのと持病がないか調べれないと言うことで、2週間後また病院へ。
結果は
猫エイズ
でした。
傷の治りが遅いのはそのせいかもしれないの言われただただ悲しくなりました。
エイズでも彼は猫風邪や怪我に負けずに頑張って治しました。
彼の名前ですが、保護をしたのが夏だったので名前は『瑠夏』(ルカ)とつけました。
漢字が難しかったのでほとんどカタカナで記入してしまってましたがね、本当は漢字で考えてたのです。
ルカはとても賢い猫で、性格は温厚で甘えん坊とまさに理想の猫ちゃんでした。
これならエイズというハンデがあっても里親が見つかると確信してました。
諦めないで里親を探していましたが見付からず、家で過ごす日々が長くなっていきました。
ルカと暮らして半年が過ぎた頃、突然異変が起こりました。
夜寝ていると【ガタンッ!】と大きな音がして飛び起きた私。
音がした方へ行ってみると…ルカが倒れて動けなくなってました。
次の日病院へ。
脳卒中で脳神経が麻痺しているかもしれない。
告げられた言葉に、私はその場で泣いていました。
どうしてこんな良い子に限ってこんな事に…。
ただただ涙が止まりませんでした。
病院から帰り、私は決意しました。
ルカは家の子です!!って。
その日から、ルカと私の闘病生活が開始しました。
ルカと私が闘病生活として選んだ道は、薬による延命でした。
ルカと と言うより私が決めたのですがね。
それでもルカの生命力、生きる力を信じてやりたかった。
ルカは薬を飲み続け、奇跡的にも回復をし始め、最終的には薬を飲まなくても大丈夫な程に回復しました。
私は安心しました。
病院でも良く頑張った!でも完璧に治った訳ではないからおかしいなと思ったら直ぐに見せに来てね。
と言われていたので気は張りつつルカとの生活は続きました。
それから半年の間は本当に、普通の猫ちゃんのように走ったり遊んだりご飯をモリモリ食べて元気に過ごしてました。
でもやっぱり、根本的に病気が治った訳ではないのでそんな元気な姿を見れたのは半年の間だけでした。
また体調が悪くなったルカ。
薬を飲み続けても良くなったり悪くなったりの繰り返し。
今年いっぱいは持たないかも…。
そう、私の脳裏にはチラついていました。
薬を再開してから2ヶ月、体調の良し悪しが激しいなかルカは精一杯生きてました。
流動食をあげても口からこぼしながらそれでも少しずつ飲んでくれたり、水もスポイトで飲んだり。
時には点滴を射った日も。
ルカは懸命に生きようと頑張っていました。
たまに調子が良くなるとご飯を自ら食べたりもしてくれましたし、水も自力で飲んでくれました。
9月8日その日はご飯を凄くねだり、私の指をご飯と勘違いして噛んでしまうくらいの食欲、水も自力でガブガブのみ、トイレの砂も自力でかけようと頑張っていました。
その姿を見て、私は
ルカは今年も大丈夫、回復してきたぞ!
と思ってました。
9月9日、この日は朝は何とか口にご飯を入れてあげると食べる程の元気のなさ。
ずっと寝ていて元気がまったくありませんでした。
それでも、闘病生活中は薬を飲んでも元気のない日もあったので、今日はそんな日なのだろうと私は思ってました。
夜、ルカが珍しくお漏らしをしました。
体調が悪いから仕方ない!
とルカを励ましつつ、体を拭いてあげました。
ご飯はまったく食べようとせず、口に入れてもボロボロこぼれて、もう自力で食べようとすらしてくれませんでした。
それでも、それでも名前を呼ぶと鳴いて返事をしてくれる、ルカ。
明日には元気になってると良いね。
そう言って就寝。
9月10日、旦那の声で起きた私。
ルカの様子が変だから見て!
飛び起きて駆け寄る私。
ルカ?ルカ!
声をかけても、返事はもうありません。
目は大きく見開き、瞳孔が開いている状態、体は痙攣…。
ルカ、やだよ、頑張って、ルカ!
痙攣して頑張ってる姿を見て、私は
頑張ったもんね、今までずっと頑張ってくれたもんね、ありがとう、ルカ。
そう声をかけたとたん、彼の痙攣が止み、体から力が抜け、そして静かに息を吐いてルカはお空に旅立ちました。
朝7:32でした。
頑張ってきたルカに、最後まで頑張って飛び起きて言ってしまった私。
それでも生きてほしかった。
もっと一緒に居たかった。
でも、彼の頑張ってきた姿は誰よりも見てるから。
彼が最後の最後まで、家族全員揃うまで頑張って生きて耐えてくれてた事を私は知っているから。
だから彼に
私の猫で居てくれてありがとう!
と声を大きくして伝えたい。

