「酒呑みは酒を飲み、酔っ払う」~アレイスター・クロウリーの『法の書』より~ | さざ波スワン ~タロットと旅する~

さざ波スワン ~タロットと旅する~

タロットの話題を中心に、音楽、映画、本、アートなど、様々なことをおしゃべりします。毎週日曜の夜8時にワンクリック占いを投稿しますので、ぜひお試しください。

 

アレイスター・クロウリーの『法の書』という本の中に、こんな一節があります。

酒呑みは酒を飲み、酔っ払う。臆病者は飲まず、震える。賢人は勇敢に自由に飲み、<至高神>を讃える。

アレイスター・クロウリーとは、19世紀末から20世紀半ばに生きたイギリス人のオカルティストで、トート・タロットというタロットを制作した人物でもあります。
『法の書』というのは、クロウリーが確立したテレマ教(神秘思想に基づいた一種の哲学)の聖典です。
神の従者的存在「エイワス」の口述をクロウリーが書き記したものとされています。

ここでこれ以上『法の書』の内容についてご紹介するには、私の知識が不足しすぎているので控えさせていただきますが、今回は冒頭に挙げた一節について、おしゃべりしたいと思います。
と言うのも、私にとって、なかなか簡単には読み進められないこの本の中で、「少し分かるかもしれない」と唯一肩の力が抜けた箇所だからです。
あくまでも個人的感想の域を越えない、素人話であることをご了承ください。

この一節はおそらくちょっとした比喩的表現なのだと思います。
つまり本来、自分が追求すべき人生の課題(本当にやりたいこと)にまい進する勇気と強さを身につけていれば、単なる娯楽や気晴らしに振り回されることはなく、それらをコントロールする側に立てる、というようなことをお酒に例えて、こんな風に言い表しているのだと思うのです(・・・どうしよう、全然違っていたら、笑)。
私の解釈はこんな感じです。

「酒呑みは酒を飲み、酔っ払う」とは、つまり、お酒を飲むことに没頭しすぎて、最も大切な人生の課題を忘却の彼方へ追いやってしまっている状態。
「臆病者は飲まず、震える」とは、お酒を飲んで我を失うことを過剰に恐れて、結局何もできないでいる状態。
「賢人は勇敢に自由に飲み、<至高神>を讃える」とは、お酒を飲んで酔っ払おうが、我を忘れようが、そんなことは些末なことで、本来まい進すべき課題がどんな時でも心の中心にある状態。

よくストレス解消のためにお酒を飲むなんてことがありますよね。
飲んで酔っ払っている間だけは嫌なことを忘れられるかもしれませんが、しらふに戻ると、状況は何も変わっておらず、むしろ二日酔いのストレスが加わって最悪な気分になったりします(実感がこもっているでしょう?笑)
結局、ストレスを抱えている状態というのは、人生の最も大切な課題をなおざりにしている状態なのだと思います。
アレイスター・クロウリー、もとい、「エイワス」は、そのことを教えてくれているんじゃないかなぁ。

そして、これは単なる妄想ですが、アレイスター・クロウリーもかなりお酒が好きだったんだろうなぁ、と思わずにはいられない私でございます。

 

さざ波スワンのタロット占いはこちらから