映画「レッド・ドラゴン」とタロットカード | さざ波スワン ~タロットと旅する~

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妙ちくりんな動画を投稿したりしておりましたが、本日は久しぶりに映画を取り上げたいと思います。
「羊たちの沈黙」に始まる、ハンニバル・レクター博士シリーズの第3弾「レッド・ドラゴン」はご存じですか。

 


「羊たちの沈黙」の前段階の物語なのですが、まずはネタバレなしで、簡単なあらすじをご紹介します。

有能なFBI捜査官のグレアムは、天才的精神科医レクター博士が連続殺人犯であることを突き止め、なんとか逮捕にこぎつけたものの、瀕死の重傷を負います。
その後、FBIを引退したグレアムは家族とともにフロリダで穏やかな日々を送っていました。
しかし、そこへかつての上司であるクロフォードが、捜査協力を求めてやってきます。
二つの一家惨殺事件について、プロファイリングを行うことになったグレアムは、結果的に収監中のレクター博士に助言を請うことになります。
この事件の犯人であるダラハイドは、こどもの頃に祖母から受けた虐待が原因で、自ら「レッド・ドラゴン」という神を生み出していました。
ダラハイドは、この「レッド・ドラゴン」と合一するために、妄想の中で指示を受け、一連の残忍な殺人事件を犯しているのでした。
また、ダラハイドはレクター博士を崇拝しており、博士宛にファンレターを送っていました。
レクター博士は巧妙な手口で、ダラハイドにグレアムのフロリダの住所を伝えます。
一方、グレアムは、ダラハイドを挑発するような記事をタブロイド紙に掲載するという手段に出ます。
自分を貶めるような記事に激怒したダラハイドは、記事を書いた記者を誘拐し、焼き殺してしまいます。
その後、グレアムは、犠牲となった二家族にある共通点を見つけ、ダラハイドを追い詰めていきます。


とあらすじはここまでにしておきます。

ダラハイドが「レッド・ドラゴン」という神を創り出したのは、元々は虐待という辛い体験から自らを救済するためだったのだと思います。
したがって、その神は当然、ダラハイドにとって色々と都合の良い存在であるわけです。
ストーリーの途中、ダラハイドは盲目の女性に純粋な恋心を抱くのですが、この「レッド・ドラゴン」は彼女の殺害をも指示します。
彼女への愛ゆえに、ダラハイドは苦悩します。
自分で自分にそんな指示を出しておいて、「ぼ、僕にはできない!」と頭を悩ませるなんて、よく考えてみれば、おかしな話です。
しかし、こうした成り行きはストーリーとしてきちんと成立して見えるし、ダラハイドが苦悩する姿もリアリスティックです。
人間の心というものがそれだけ謎に満ちているということを私たち自身がよく知っているからだと思います。

ウェイト=スミス版をはじめとする魔術系タロットの大アルカナには、一枚一枚にヘブライ文字があてがわれています。
ヘブライ文字には意味があります。
例えば、「悪魔」には「アイン」というヘブライ文字が対応しているのですが、「アイン」は「目」を意味します。

 


この「目」は、「悪魔」のカードをより深く理解しようとする時、大切なキーワードになります。
「悪魔」は、知らない間に何かに囚われてしまっていることを示すカードです。
なぜ、人は何かに囚われてしまうのか?
それはその人が、今自分が見ているものが絶対だと思い込んでいるからです。
つまり、自分の視野が全体からすればほんの一部でしかないことに気付いていないのです。
なぜ気付かないのか、その理由は様々だと思います。
ダラハイドの場合は、幼少期の虐待が原因でした。
心が追いつめられると、見たいものしか見なくなり、そして、それが絶対的なものだと信じ込んでしまうのかもしれません。
「レッド・ドラゴン」はダラハイドの中で、全知全能の神であり、絶対的な存在なのです。
彼にとっては、レクター博士もまたそういった絶対的なものの一つだったのでしょう。
自分で創り出した幼稚な神を崇拝して、罪もない人を殺害したとしても、決して本当の意味では心が満たされることなどない、という現実をダラハイドの目は見ようとしなかったのですね。

とはいえ、エンタメの世界で、こんなことを言い出すと、元も子もなくなってしまうかもしれません。
人間の不条理、人間の愚かさをリアルに描いた物語ほど、面白いものはないですもんね。

 

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