ヒッチコックの「鳥」とタロットカード | さざ波スワン ~タロットと旅する~

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今日はヒッチコックの「鳥」を取り上げたいと思います。
ジャンルはホラーでも、有名な映画なので、ご覧になった方は多いかと思います。
ネタバレなしで、まずは簡単にあらすじをご紹介します。

主人公のメラニーはサンフランシスコのペットショップで、ミッチという弁護士の男性と知り合います。
ミッチは幼い妹のためにインコを探していたのですが、結局何も買わずに店を後にします。
彼に興味を抱いたメラニーは、父親がオーナーを務める新聞社のコネを使って、ミッチの住所を突き止めます。
そして、ミッチが毎週末、母親と妹が住むボデガ・ベイという港町に帰省することを知ります。
メラニーはつがいのインコを購入すると、オープンカーを運転して、一人、ボデガ・ベイを訪れます。
ボデガ・ベイは小さな港町で、メラニーのセレブ風のいでたちや、物怖じしない振る舞いが、素朴な住人達の目にほんの少し異質なものとして映ります。
メラニーはミッチの妹の名前を確認するために、町の学校で教師をしているアニーの家を訪ねます。
実はアニーはミッチの元恋人で、彼への思いが断ち切れずに、この町にとどまっているのでした。
メラニーはアニーから妹の名前を聞き出すと、こっそりミッチの家を訪ね、インコを届けます。
しかし、その帰りに突然カモメに襲われ、額に傷を負うことになります。
町のレストランでミッチに手当てをしてもらっているところへ、ミッチの母親リディアがやってきますが、彼女は初対面のメラニーに対してあからさまによそよそしい態度を取ります。
その晩、メラニーはミッチの家で夕食をごちそうになり、翌日もミッチの妹の誕生会に招かれることになります。
誕生会の日、子どもたちが屋外で遊んでいると、カモメの大群がいきなり襲撃してきます。
メラニーたちは、なんとか子どもたちを屋内へ避難させましたが、その晩、ミッチの家の煙突からスズメの大群が屋内へ押し寄せてくるという事件まで発生します。
翌日、町の住人が両目をえぐられて息絶えているところをリディアが発見します。
学校の校庭には数百にも上る数のカラスが群がり、子どもたちが襲われます。
突如として、人間を攻撃し始めた鳥たちの異変に、町はパニック状態に陥ります・・・。

と、こんな感じのストーリーなのですが、実はこの映画、鳥の大群が人間を襲うという恐怖だけが見どころではありません。
ご覧になった方なら共感していただけると思うのですが、人間ドラマとしての側面も実に面白いのです。
どこか一筋縄ではいかない男ミッチを取り巻く女たち(メラニー、アニー、母親リディア)の複雑に絡み合う心情や、異常事態に陥った時の群衆心理など、なんなら、鳥よりも人間の方が恐ろしいんじゃないかとさえ思う瞬間もちらほらあります。

象徴的だったのは、恐怖に耐えきれず、パニック状態に陥った一人の女性が、よそ者であるメラニーに向かって、「あなたが来てから、こんなことが起こった! 全部、あなたのせいだ!」と喚き立てるシーンです。
気の強いメラニーも負けじと、彼女に平手打ちを食わすのですが、災害時にこういった不条理かつ理不尽なことを言い出すタイプの人はどこにでもいるのではないでしょうか。
普段からなんとなく気に食わないと思っている存在を、目の前で起こっている受け入れがたい出来事と直結させてしまう思考は、明らかに非論理的です。
しかし、これ程あからさまではなくとも、私たちの思考は多かれ少なかれ、感情に影響されているのだそうです。
ある対象物に対して、元々否定的な感情を抱いている場合、その感情を正当化してくれるような論拠を探し出して、いかにも否定することが合理的な判断であるかのように仕立て上げてしまうのです。

そのような心理傾向に加えて、私たちは基本的に、理不尽な出来事に対して、何かしらの原因を求めたがります。
映画の中では、なぜ鳥たちが突然このような異常行動に走り始めたのか、その原因については一切説明がなされません。
鶏が餌を食べなくなって、それが伝染病のせいではないかと疑うくだりはあったものの、結局は、最後まではっきりとした原因が分からずじまいです。
劇中の人々は、この降って湧いた災いをどう解釈していいのかも分からないまま、恐怖に怯え続けます。
メラニーが町にやってきたことが災いの原因であると決めつけて暴走した女性は、この「原因が分からない」という状況に耐えきれなくなったのですね。

しかし、実際のところ、世の中には原因が分からないこと、あるいは、原因を一つに絞れないことが多々あります。
不確定な状況をありのまま受け入れることができずに、人々は時に不毛な議論にとりつかれます。
そのような状況に対して、タロットカードの「運命の車輪」は一つの世界観を提示します。

「それは全て偶然に起こったことである」

 


 

偶然の出来事に対して、原因を求めすぎた時、人はうっかり誤った方向へ走り出してしまうのかもしれません。

つまり、「それが偶然である」ということを受け入れることができれば、より現実的で適切なものの見方が可能になるのかもしれません。
「鳥」は、偶然の災いをどう受け止めていいのか分からないまま、現実と対峙することの難しさを描いている作品でもあるような気がします。

 

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