本「坊っちゃん」 | さざ波スワン ~タロットと旅する~

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タロットの話題を中心に、音楽、映画、本、アートなど、様々なことをおしゃべりします。毎週日曜の夜8時にワンクリック占いを投稿しますので、ぜひお試しください。

タロットカードの「愚者」は、まだ何も知らない人だと言われています。
何も知らないから、リスクを厭わず、直感に従って、お気楽に旅に出ていくのです。
しかし、占いで「愚者」のカードを突きつけられ、「目的を持たずに、思いついたことを何でもやってみてはいかがですか」なんて言われたら、

「何の目的もなく行動することに意味なんてあるの?」

と戸惑ってしまう人もいるかもしれません。

そこで、私が「愚者」のカードと聞いて、真っ先に思い出す小説の主人公をご紹介したいと思います。
それは

夏目漱石の「坊っちゃん」

です。

小説の冒頭からこんな感じです。

親譲りの無鉄砲で小供の時から損ばかりしている。

これはもう愚者そのままのキャラクターと言っていいかもしれません。

坊っちゃんはとにかく小さい頃から、今風に言って「やらかし」てばかりいます。
坊っちゃんには坊っちゃんなりの理屈があるのですが、それを理解してくれるのは、清という下女のおばあさんだけ。
身寄りがなくなり、学校を卒業した坊っちゃんは、校長先生に言われるまま、教師として四国へ赴任します。
この辺りなどは、「愚者」があてもなく旅に出る様子と似ているかもしれません。

赴任先の中学校でも、坊っちゃんは教師らしく振る舞うとか、世間体を気にするとか、出世のために上手く立ち回るといったことは一切しません。
最後は、小賢しく他人を陥れようとした同僚の赤シャツと野だをこらしめて、そのまま辞表を送りつけ、東京へと戻ってきます。

最初に申し上げた通り、タロットカードの「愚者」は、まだ何も知らない人です。
坊っちゃんはまさに世間知らずの「坊っちゃん」のまま、見知らぬ土地へと出向いていき、そこで初めて社会というものを経験してから、東京へ戻って街鉄の技手になります。
初めて「坊っちゃん」を読んだ時、私は「街鉄の技手」になった坊っちゃんはおそらく、もう以前のような無謀な振る舞いはしていないんじゃないかと思いました。
なぜなら、坊ちゃんは東京に戻ってから家を借り、自分の帰りをずっと待っていた清を呼び寄せて、死ぬまで面倒を見てやったからです。
四国にいた時分のように振る舞っていては、当然、そのような暮らしは実現しません。
つまり、小説が幕を閉じると共に、坊っちゃんの「愚者」の季節も過ぎ去っていったような気がするのです。

何も知らないまま、目的なしに何かをしてみることは一見、無謀で、無意味なことのように感じられるかもしれません。
けれど、坊っちゃんのように、とりあえず無防備に外の世界へ出ていって、何かしらの体験を経ることが、後からとても大切なことだったと思えることってあるような気がするのです。