ウクライナの鉱物資源とアメリカのウクライナ支援を取引するとの名目の会談で、なぜゼレンシキーはトランプ(&ヴァンス)を怒らせかねない話題を持ち出したのか。
最後の10分はゼレンシキーが辱められているが、その前の40分を見ればゼレンシキーのほうがけしかけている、という意見もあるようだ。
確かに「当面」アメリカから少しでも多くの支援を得たいならば、あの場は適当にやり過ごして、密室で頑張ればよかっただろう。
だが、密室での頑張りには自ずと限界が見えていた。トランプが米軍を派遣する「安全の保証」を行うはずがないなかで、武器支援の継続と引き換えに「言外の合意」までも結ぶことは、リスクが高すぎるという判断があったのではないか。
「言外の合意」とは、散々トランプが公言してきた諸前提にウクライナも同意したと受け止められることだ。その諸前提とは、今回の戦争をロシアではなくウクライナが始めたということ、プーチンは(とくにアメリカが釘を刺さなくても)停戦ライン以上侵攻することは二度とないこと、そして、戦争の継続を望んでいるのはウクライナであるということ。最後の点についてはややこしく、ロシアが侵略を未来永劫止めるならウクライナはすぐに喜んで戦いを止めるだろうが、そうでないので止めるわけにいかないとの判断があるにもかかわらず、もっぱらウクライナが好戦的であるという前提を置かれているのである。(もちろん「ウクライナ」といっても当然一枚岩ではなく、最悪プーチン支配下に入っても戦禍から逃れたいとの声もありうる。この点はそもそもトランプが想定していないことであるので議論から外しておく。)
この諸前提が間違っていることをトランプも認める形で今回の鉱物資源の取引が成立する見込みはなかったといってよい。なぜなら、それではバイデン政権の立場と同じになり、プーチンも取り引きに乗ってこないことが明確だからだ。トランプがバイデンとの差異化に躍起になっていることは、関税その他の件でも衆目の一致するところだった。
上記の諸前提を曖昧にしたまま、例えば武器支援の継続と引き換えに鉱物資源の権益付与を約束したらどうなっていたか(それぐらいなら合意できていただろう)。ウクライナがロシアとの前線から撤兵することを今後拒否した際に、上記の諸前提で署名したつもりのトランプは、ウクライナが約束を守らない、あるいは確認したはずの方向性には非協力的で利益だけを取ろうとしていると喧伝するだろう。
また、執務室では適当にやり過ごして密室で鉱物資源の合意が破談になったとしても、ウクライナが非協力的であるとトランプは喧伝する一方で、ゼレンシキーの言い分は十分に報道されなかった恐れもある。
言外の合意を避けるためには、会談の名目上の議題の範囲の外にあった諸前提を、「言外」を読み込むであろう外の人びとに対して明確に確認しておく必要があった。その確認が取れないのであれば、鉱物資源をめぐる取引が流れることは、長期的リスクを避けるためには致し方ないという判断はありえただろう。密室前の最も注目が集まる場で言質を取るか、それができなければ諸前提が大きく違っていることを白日のもとにさらすしかなかった。
多くの人が注目する外交には固有の「言外の合意」が発生する。そしてそれは受け止める側によって異なっているので、その後の重たい足枷になることがある。
例えばイスラエルとPLOのオスロ合意(1993年)。そこにはパレスチナ国家を作る約束など一文字も書かれていない。ところが、国際社会はイスラエルがパレスチナ人の主権を尊重するという雰囲気でこの合意を受け止めた。だが実際には、パレスチナ人にとって厳しい条件が多く、自治さえいい加減なものだった。それゆえにパレスチナ人のあいだで反対の声も大きく、イスラエルの動きに触発されながら暴力にも繋がった。ところが、国際社会はそうは受け止めず、パレスチナ人は国家樹立の約束(そんなものは書かれていなかった)でも満足できず好戦的だと捉え、パレスチナ人はテロリストだとの雰囲気に飲まれていった。
短期的に(あるいは短・中期的に)やり過ごすための合意がかえって長期的な足枷になることが外交には少なくない。人びとは合意の瞬間にしか盛り上がらず、あとはイメージだけが一人歩きしていくからだ。
むろん、今回のゼレンシキーの判断が人類にとって吉と出るか凶と出るかは予断を許さない。私は吉となるように自分ができることを精一杯続けていきたい。国際政治に固有のメカニズムはあるが、それはメカでは決してないからだ。