女性一人起業家の
ゼロから理想の売上を作る!
ビジネスタロット戦略プロデューサー
田中です🐉
地獄を見た
2024年の秋、
私は地獄を見ました。
あちこちから借りた借金が膨れ上がり
家の中のものを売りまくっても
そんなものは焼け石に水で
もう、どうもこうも行かなくなり
誰に相談していいのかすらも
全くわからなくなった末に
弁護士に駆け込みました。
結果的に
土地と家があるため破産することもできず
さんざん考えた末に
売却してそのまま変わらず住み続ける
という選択肢を選びました。
住み続けたかった理由の一つは
徒歩10歩に娘の家があり
(すでに結婚している)
やはり側にいると心強いこと
もう一つの理由は
結婚した息子たち家族が帰ってくる場所を
無くしたくなかったこと
どんなに
夫婦関係が最悪になり
家庭内別居となり
離婚寸前となっても
夫が大嫌いになっても
何がなんでも歯を食いしばって
家を出る選択をしませんでした。
それは結婚35年、様々な荒波をこえ
ようやく手にしたかけがえのない家。
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子どもたちを育て
朝から晩まで仕事に明け暮れ
寝に帰るだけの十数年。
同居していた夫の祖母が倒れ
要介護状態になった時、、
舅や姑がすでに他界しており
夫や夫の兄弟は
自分の身内というのにほったらかしで
結局
私しか手続きなど含め面倒見る人間がいない。
その当時は
「介護保険」など制度整備が全くなく
誰にも頼るところがない。
インターネットも今のように無くて
何ひとつ、調べられない。
悩んだ挙句、役所に駆け込む。
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そんなこんなで
末の娘がまだ4ヶ月の頃から
3人の子どもたちを抱え
要介護の祖母と子どもたちの世話をしながら
かけずり回った時も
祖母のお葬式を自宅で出し
そのことや仕事のことで
夫婦喧嘩もいっぱいしたけれど
いつも帰るとなぜかあたたかく
ホッとできる、
心のよりどころであり続けた場所。
どんなことがあっても意地でも残さねばと。
たとえそれが
「執着」だと誰に言われようとも。
原因は私
そんな大きな借金を作ったのは
全て私の行動によるものです。
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2019年の春
私は大手化粧品会社の仕事を始めました。
CMも有名女優を何人も使い
ドラマのスポンサーにもなるような
有名企業ですから
私の経歴に「箔がつく」とさえ思っていました。
一販売員から55歳でエステ資格をとり
そのまま店長になるための勉強をし
必要な売上を達成し1年目で店長に昇格。
店格(階級)をどんどん上げていき
人を増やしチームを作りました。
毎月数百件のポスティングや
SNS発信、知り合いに声かけ
駅前に立ちリクルート活動する毎日。
グループの勉強会にも積極的に参加し
一流ホテルで開催される表彰には
ノミネートされる。
グループの毎月の売上発表にも
上位に度々名前が上がり
大規模な集まりで注目を浴びる。
客観的に見ても
まれに見る大躍進、順風満帆でした。
ただ、
その順風満帆(と思っていた)な私に
影を落とし始めたのは
ある大規模なコンクールで
周りの誰もが不可能と思われていた売上を
私は粘りと勢いと執念で達成。
正直、無理をしていました。
心の声に耳を傾けることなく。
(かなり無理してるよと)
周りに踊らされチヤホヤされ
引き返せない沼にどんどん落ちていく自分に
なかなか気づけませんでした。
引き返せない「いつか取り返せる」
「いつか取り返せるはず」
「絶対私なら取り返せる」
どこでそんな信念が生まれてしまったのか?
その時はわからなかったのですが
気づけば常にその観念に縛られていました。
商品を仕入れてもちゃんと売れるので
不良在庫として残っていたわけではないのに
ほとんど利益が残らない。
回せば回すほど赤字が膨らんでゆく。
今考えればおかしなビジネス構造です。
売れているのに毎月赤字を垂れ流す。
まったく利益は出ていませんでした。
当時の私は『数字』を見ていても
自分の心の「ボトルネック」に気づけていなかった。
今考えればそれが最大の敗因でした。
でも
いつか・・・
必ず・・・
私なら・・・
何の確信もなくずるずると
借金だけが増えていきました。
気づけば
1000万円をゆうに超えていました。
友人や親がお金を貸してくれたりしましたが
逆に兄弟には
「おまえ、帰れ!」と怒鳴られる始末で
過去、誰にも引けをとらない
自信に満ち作ってきた実績がある私が
こんなことでなぜつまずいているのか
そんなはずは絶対にあるはずない。
夢なのか?
何かの間違いじゃないか?
信じられない・・・
そんな気持ちを持ちつつ、
あまりの自分の情けなさに
もうこのままこの世から消えてしまいたいと
何度思ったかわかりません。
夜も寝られない。
うなされる。
悪い夢しか見ない。
朝の目覚めはずっしりと鉛のように重く
気分はすこぶる悪い。
…
…
…
そんな私でしたが
何かできることはないかと思い
藁をもつかむ思いで
盛り塩を玄関に置く
玄関周りはいつも綺麗に
水回りを毎日掃除する
神棚に手を合わせる
氏神様やお墓参りを欠かさない
ノートに願望を書く
感謝ノートをつける
スケジュールにキチンとタスクを入れる
・・・・・・・・・
考えられる「やったらいいこと」
やり尽くしました。
でも
どう足掻いても何も変わらない現実が
残念ながらそこにありました。
子どもたち家族に打ち明ける
もうどうしようもない現実から
逃げようがないと全て決めたあとで
子どもたち家族に全て話しました。
私はお嫁さんたちから
多分尊敬されていたと思います
自分で言うのも何なんですが・・
すごい実績を持ち
いつも輝いているお母さんだと。
でも、そんなことはない。
むちゃくちゃかっこ悪いことを
話さなければない。
もう、なんとでもなれと思いました。
どう思われてもいい。
恥ずかしくても仕方ない。
これが私のやってしまったことなんだから。
でも、なんともならなかった。
お嫁さんたちはこれまで通り、
変わらず「お母さん」と慕ってくれています。
そんなに自信があったのは
「いつかできるはず」
「私ならきっと・・」
と信じて疑わなかったのは
その前の仕事で(製造業)億単位の売上を上げる
「旗振り役」をやってきたからです。
30代から50代にかけての
全ての時間を投げうって
実績を作った、と言っても
言い過ぎじゃないと自信をもって言えます。
会社は
売上ゼロから数年かけでですが
ある部門単体で億単位にまでになりました。
もちろん、私だけで一人で、
と言うわけでは全くなく
会社全体が一つになって、です。
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メーカーにならねば
実家は小さな製造業をやっていました。
10人ほどの規模です。
両親が第一線を退いた後
兄弟が社長に、私は専務に。
孫請け、ひ孫請けという典型的な下請けで
納期も金額も相手の言いなりに
ならざるを得ませんでした。
みんなが疲弊していました。
「メーカーにならねば」
社員の心も体も疲弊させるやり方は
絶対変えないとダメだ。
下請けから絶対に抜け出してやる!
その一心で変えようとしたけれど
社長である実弟は、はっきり言って小心者。
打って出ることをしない。
危険を犯す(=リスクを負う)ことに
異常に恐れて何も動かない。
「もう、これは私がやるしかない」
腹をくくった私は
仕事ができない
(なぜか私にも会おうとしない)
税理士をクビにし
その代わりに
税理士紹介サイトで紹介してもらい
面接をし
合う先生を直感で見つけた。
その先生のご指導で
特性を活かした業務に特化する。
ちなみに
この先生はのちに
スタッフ数十人を抱える
県内ダントツ一位の税理士事務所になられた。
特化した業務を元に
新しいHPに作り替え
私はネットスキルを学びに行く。
広告出稿スキル、
ブログは3年以上
土日も毎日更新する。
資金繰りにも問題があった。
両親がやっていた頃は
支払い、といえば業界的に手形商売。
キャッシュフローがとにかく悪い。
入金はあるが「現金」が入らない。
手形で支払われる業界。
それを顧客層が変わることで
現金受け取りにし
(それも納品前払い)
キャッシュフローは劇的改善。
これまでの得意先を
9割切ったことで
ネットを使った販路開拓で
全国から毎日のように問い合わせが来る。
個人の方も法人も。
直接販売だからお客様の声が直に届くので
社員のモチベーションががぜん違う。
(届いたメールやお手紙を
社員にも見てもらっていた)
社員のモチベーションが上がるので
商品のクオリティもどんどん上がる。
私は
最初のお問い合わせから
(電話やメール)
途中の打ち合わせ
製造途中の確認
図面作成
請求書発行
契約書発行
入金確認
までほぼ全部やっていたので
日々の流れがすべてわかるようになり
社内の隅々まで気を配れるようになった。
社員のちょっとした顔色をふと感じて
声をかける回数を増やすこともあった。
経験が長い年配の社員には
敢えてたくさん話すことも意識していた。
もちろん意味があってのこと。
また実際に
お客様が遠方であってもわざわざ来て
打ち合わせや会社見学に来られることも
頻繁にあり
その接客は私が主に対応していた。
気づけば
北海道、沖縄、離島を除く全国各地から
仕事が舞い込むようになっていた。
メールだけでやり取りして
最後まで相手の顔を見ず
納品したことも多かったが
不思議なことに未回収は1円もなかった。
実はこれって
すごいことだったのかもしれない。
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カイゼン・カイゼン・カイゼン
キャッシュフローで苦しんだのは
得意先から支払いで手形をもらっても
現金化するには3〜4ヶ月かかるので
その間の現金がない。
なので「手形割引」と言って
銀行で手数料を払い期日より早く
現金化してもらうことを
毎月のようにお願いしていた。
それも一定の上限があり
全ての手形を現金化できるわけではない。
支払いに手形を回したり
あの手この手で現金を作る苦労を
私は知っていた。
その課題も
支払いを先払いしてもらうことで
キャッシュフローを解決した。
まだ何も商品を作れていない、
お客様からの依頼が決まった段階で
先にご入金いただくという
創業した両親からすると
突拍子もないやり方
だったかもしれないが
結果的に売上は上がり
知名度はうなぎのぼり。
なぜ知名度が?というと
あるキーワードで検索一位になるよう
仕込んでいたから
必然的に一番に目にいくように。
「〇〇といえば株式会社〇〇」みたいな仕掛け。
また、その当時「3S」という
整理
整頓
清掃
を数年に渡り行ってきたおかげもあり
あらゆるコスト削減にも貢献できたし
製造業なのに社内がピカピカで
ホコリひとつ落ちてない。
打ち合わせに来られたお客様は
社内のあまりのキレイさに驚かれ
「こんなキレイに整理整頓された会社なら」と
それだけで信頼され
即契約になることもたくさんあった。
さらに同業者からは
「会社見学したい」と次々に申し込まれる。
戦略的に打ち出していった
展示会にも積極的に出た。
地元の商工会主催の
数十社規模のものから
東京ビッグサイトという
国内最大の展示会場まで。
展示会に持っていく商品を
一から企画し
オリジナル商品として作った。
主婦グループとコラボし
企画ゼロ段階から関わり
製作、広報、商品名、販路まで。
広報のおかげで
新聞、TV取材も度々受けるようになり
NHKドラマでセットとして
使われることもあった。
経営革新計画(中小企業庁管轄)も
承認される。
今後会社が大きくなった時の
様々なリスク回避のため
社名とロゴを意匠登録させた。
新業務を軌道に乗せてからも
その先の打ち出しとリスク回避、
どんどん進めていった。
尖らせたことで
会社の業務を尖らせたことで
下請けから脱却できて
メーカーとなり直販となり
キャッシュフローは劇的改善し
残業もストレスも激減し
検索すれば一位に上がり
お客様からは社内の整理整頓で信頼され
3S活動が素晴らしいと
同業者からも一目置かれる。
笑い話だけど
私が退職する際、社外の人たちから
私が社長だと勘違いされていたこともあったし
私が見つけた税理士の先生からは
「あなたが辞めたら会社が潰れるから
なんとかして残れないの?」と
かなり引き留められたり
(潰れてない)
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そんな時代を作り上げたから
私には底知れぬ自信があり
誰にも有無を言わせないという
自負ががっしりと揺るぎなくあったのだと
今なら思えます。
地獄からまずは脱出したが
家と土地を売ったおかげで
ある程度の借金は返済ができ
かなり精神的に解放された。
ただし、
全てが解決できたわけではなく
家は売ったけれど
家賃を払っていく生活になる。
それも結構な高額。
それを選んだのは自分だし、やるしかない。
私はビジネス塾に入り
試行錯誤しながら新たなビジネスの構築に
力を注いでいった。
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出ない。
成果が出ない。
売り上げが立たない。
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動いても動いても
いくらやっても変化が現れない。
おかしい。
そんなこと、ある???
言われたとおりに何度もやっているし
何度もPDCA回して改善してる。
あれ???
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・
転機が訪れる「出会い」
試行錯誤の最中、ある日
運命の人に出会う。
その人は私のサービスの元になる
「タロット養成講師」だった。
前々から興味はあって
いろんなタロットのYouTubeをよく見ていた。
占い自体も大好きだし
カードのシャッフル音だったり
絵柄の鮮やかさはもちろん好きだったが
それよりも
カードからメッセージを読み取り
視聴者(お客様)に必要な言葉を
占い師自身のフィルターを通しプレゼントする。
タロットは「占い」ではあるけど
相手のモヤモヤを解消し、気づきを与え
次への新しい一歩や展開になるヒントを
メッセージとして贈る一連の流れを見て
私もやってみようと思い飛び込んだ。
・・・
・・・
・・・
2ヶ月ほどビッチリ学んだあと
インプットよりアウトプットが何より大事。
とにかく回数を重ねようと
まずは知り合いに頼み
タロット鑑定を受けてもらうことから始めた。
初月の目標は30人。
結果的に57人の鑑定ができ、目標超過。
その後も紹介してもらったり
出店できるマルシェを探して
どんどん鑑定経験を増やしていった。
そうしてふと、気づいた。
そうか。
そうだったのか!
このタロット鑑定を使えば
「営業」の困り事を少しでも和らげることが
できるかもしれない。
これまで私が経験した経験全部、
特に営業25年の中で
よかったこともそうじゃなかったことも
天国も地獄も全部をこのタロットを通して
活かせるじゃないかと確信した。
そしてタロットは
一旦カードに委ねることで
客観的で視覚的な課題を見せられる。
さらに
私たち夫婦関係を劇的改善させた
NLPコーチングで
潜在的に抱えているブロックを発見し
ボトルネックを解消できる!
営業職25年
経営者歴7年
億単位の売上
会社のスクラップ&ビルド
3S活動
キャッシュフロー改善
結婚35年
職歴17種類
NLP心理学
夫婦関係改善
子育て&独立3人
娘の手術
学童保育設立
・・・・・
などなど
全部ひっくるめて
タロット&ビジネスコンサル・コーチに
全振り、注入できる!!!
それが2025年の秋だった。
ビジネスには「土台」が何よりマスト
こうして私は、
25年立ち続けた営業現場を
2026年3月末で卒業します。
全く後悔はありません。
地獄を見たからこそ今
確信を持って言えることがあります。
ビジネスにはスキル以上に大切な
「土台」があります。
私が25年の歳月と
1000万円以上の代償を払って手に入れた
現場のリアルな知恵。
これから一人で戦っていく
女性起業家のあなたが
二度と私と同じ地獄を見ないための
『お守り』として
そのすべてをこの先にまとめます。
私の25年が、
あなたのこれからの25年を支える力になれば幸いです。

タロットで見抜く!次の一手を明確にするビジネス戦略セッション
現場の課題はわかっているが
何から手をつけるべきか迷っている
新しい企画を進めたいが
今のタイミングで本当に良いのか
確信が持てない
従業員やチームの配置など
誰にも言えない本音の悩みがある
という経営者さんや個人事業主の方。
私の経験と、タロットで見抜く
「見えないボトルネック」を掛け合わせて
次の一手を明確にする
60分の戦略セッション
今だけ期間限定
【2026年4月20日まで】
3名様のモニターとして提供しています。
(通常15,000円→5,000円)
「一度話を聞いてみたい」という方、
ぜひ受けてみてほしいです!
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