《崖っぷち小学生》
「太郎、どうしたんだい?その顔は?また派手にやられたもんだね〜」
母は敗残兵か落武者の如く傷付いた私の顔を見ながら呟いた。1980年 昭和55年の小春日和の午後、学校帰りの私は顔に無数のアザがあり齢九つでありながら既に老境の儚さを感じる表情で学校から帰宅した。リビングに静かに進みランドセルを椅子の脇に置きテーブルにうな垂れた。
【王貞治】と【山口百恵】が引退するこの年の前年、私は生まれ育った東京 高輪の家から父の仕事の都合で川崎市の溝の口のマンションに引っ越した。両親は共に中学の教員だが母は既に退職していた。下に妹が1人いる。
「また今日もイジメられたよ、もう学校行きたくないよ、なんで引っ越しちゃったの?僕、前の学校に帰りたいよ、みんな仲良しだし、ウ、ウウウ、ゲホゲホ、オエー、ウウウー」
太郎は大粒の涙を太ももに落としながら時々鼻水やら得体の知れない何かが喉に詰まり嗚咽しながら泣いた。自然治癒力の強い子供にとって肉体的なダメージより精神的なソレの方がツライ。
母はテーブルに挿し向かって座り困った顔で黙って愚痴を聴くだけ聴くとおもむろに立ち上がりテーブルの上にホットプレートを用意した。
ボウルにミルクと粉を入れ小気味好くかき混ぜると熱したプレートの上に丸く3つに分けて生地を流し込んだ。しばらくするとフツフツと気泡が表面に立ちひっくり返すと狐色の生地から甘い咆哮が漂い始める。焼き上がるとカエシで3枚の生地を縦に重ねてキューブバターを乗せ上からメープルシロップをたっぷり注いだホットケーキだ。高輪にいた時、母はよく私と妹を銀座に連れて行き【ファミリヤ】で子供服を買った後【不二家レストラン】でホットケーキを食べさせてくれ、それはまさに3段重ねのホットケーキだった。
【ちびクロサンボ】で最後にトラがぐるぐる回ってバターになって確かパンケーキかホットケーキができたような。そんな美味しそうなイメージ。
母は私がイジメられていることについて特にコメントしなかった。学校や相手の保護者にクレームすることも無く子供のトラブルは子供同士で解決させるといった感じでホットケーキを焼いていた。
リビングのすぐ隣に私の部屋がある。部屋と言っても二畳ほどの収納スペースに本棚と机を無理に設置したものだから当然ベッドは入らずテレビやエアコンも無い。それでも個室は一人きりになれる貴重な空間だった。万年床を用意し横になると部屋の引き戸の曇りガラスからリビングの灯りが微妙に入り込み落ち着いて寝れない。反対方向に寝ればよいのだが、北枕になる理由からそれが出来ない。だから私は射し込む灯りに背を向けて弧の字になって眠りにつく。ちなみに今でも私は当時のまま弧の字でないと眠れない。
「学校に行きたくないと言ったけど、仕方ない明日も行ってみるか、いやだけど」
抵抗するにはあまりに非力な自分に嘆きつつ独り太郎は現実を冷めざめと受け入れるしかない。まして教員だった母の気持ちを忖度すると太郎はそれ以上の抵抗はできなかった。
(シャバダバ、シャバダバー、シャバダバ、シャバダバー)リビングのテレビから【11PM】のオープニングテーマ曲が流れもれ微かに聴こえる。これが私の就寝の合図だ。
明日、太郎は生き残れるのだろうか?
崖っぷち小学生の受難は続く。




