自由が丘の隠れ家ウォッカバーTAROのアートな独り言ブログ -4ページ目

自由が丘の隠れ家ウォッカバーTAROのアートな独り言ブログ

自由が丘駅から徒歩5分!女性1人でも気軽に飲めるスタイリッシュなバーです

《崖っぷち小学生》

「太郎、どうしたんだい?その顔は?また派手にやられたもんだね〜」

母は敗残兵か落武者の如く傷付いた私の顔を見ながら呟いた。1980年 昭和55年の小春日和の午後、学校帰りの私は顔に無数のアザがあり齢九つでありながら既に老境の儚さを感じる表情で学校から帰宅した。リビングに静かに進みランドセルを椅子の脇に置きテーブルにうな垂れた。

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【王貞治】と【山口百恵】が引退するこの年の前年、私は生まれ育った東京 高輪の家から父の仕事の都合で川崎市の溝の口のマンションに引っ越した。両親は共に中学の教員だが母は既に退職していた。下に妹が1人いる。

「また今日もイジメられたよ、もう学校行きたくないよ、なんで引っ越しちゃったの?僕、前の学校に帰りたいよ、みんな仲良しだし、ウ、ウウウ、ゲホゲホ、オエー、ウウウー」

太郎は大粒の涙を太ももに落としながら時々鼻水やら得体の知れない何かが喉に詰まり嗚咽しながら泣いた。自然治癒力の強い子供にとって肉体的なダメージより精神的なソレの方がツライ。

母はテーブルに挿し向かって座り困った顔で黙って愚痴を聴くだけ聴くとおもむろに立ち上がりテーブルの上にホットプレートを用意した。

ボウルにミルクと粉を入れ小気味好くかき混ぜると熱したプレートの上に丸く3つに分けて生地を流し込んだ。しばらくするとフツフツと気泡が表面に立ちひっくり返すと狐色の生地から甘い咆哮が漂い始める。焼き上がるとカエシで3枚の生地を縦に重ねてキューブバターを乗せ上からメープルシロップをたっぷり注いだホットケーキだ。高輪にいた時、母はよく私と妹を銀座に連れて行き【ファミリヤ】で子供服を買った後【不二家レストラン】でホットケーキを食べさせてくれ、それはまさに3段重ねのホットケーキだった。
【ちびクロサンボ】で最後にトラがぐるぐる回ってバターになって確かパンケーキかホットケーキができたような。そんな美味しそうなイメージ。

母は私がイジメられていることについて特にコメントしなかった。学校や相手の保護者にクレームすることも無く子供のトラブルは子供同士で解決させるといった感じでホットケーキを焼いていた。

リビングのすぐ隣に私の部屋がある。部屋と言っても二畳ほどの収納スペースに本棚と机を無理に設置したものだから当然ベッドは入らずテレビやエアコンも無い。それでも個室は一人きりになれる貴重な空間だった。万年床を用意し横になると部屋の引き戸の曇りガラスからリビングの灯りが微妙に入り込み落ち着いて寝れない。反対方向に寝ればよいのだが、北枕になる理由からそれが出来ない。だから私は射し込む灯りに背を向けて弧の字になって眠りにつく。ちなみに今でも私は当時のまま弧の字でないと眠れない。

「学校に行きたくないと言ったけど、仕方ない明日も行ってみるか、いやだけど」

抵抗するにはあまりに非力な自分に嘆きつつ独り太郎は現実を冷めざめと受け入れるしかない。まして教員だった母の気持ちを忖度すると太郎はそれ以上の抵抗はできなかった。

(シャバダバ、シャバダバー、シャバダバ、シャバダバー)リビングのテレビから【11PM】のオープニングテーマ曲が流れもれ微かに聴こえる。これが私の就寝の合図だ。

明日、太郎は生き残れるのだろうか?

崖っぷち小学生の受難は続く。


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序章

東京は自由が丘の住宅街の手前に私の店 ウォッカバータローズスタイルはあります。今年で早17年。ここまでやって来れたのは土地の縁、人の縁、多々ありますが私自身のパーソナリティがお客人に受けているのかも知れません。運も縁も実力のうちと言われますが、甘んじて受け入れても今の私が私になった人格形成の転機を考えますと遡ること1980年当時私が小学3年生の頃の多感な出来事に帰依することと思われます。

私は東京の高輪で生まれ育ち小学2年までは何不自由なく和やかな空気の中で緩く育ちましたが2年の終わりから父の仕事の都合で川崎市に引っ越すと環境が一変し人生最初の試練が始まります。

この試練が軟弱少年に活きる勇気とこの時期の貴重な体験により想像力を身につけ後の太郎の一個の人格形成に成り得た真実を一部フィクションを加えドキュメントと合わせた【フィクメンタリー】としてユーモアたっぷりに当時の流行や社会情勢を太郎少年の感性を通して描きたいと思います。

尚、土地や個人名は一部実名を使用しますが名誉毀損や中傷にならぬよう最大限配慮致します。また現在では不適切と思われる表現も当時の世相を反映するためそのまま使用させて頂きます。

記憶不明の勘違いにより正確な年月日が異なる場合がございますが、どうか甘んじてご容赦頂きたい。

2018年  吉日       太郎
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先日御来店されたお客様はウォッカバー常連のおふたり。女性の方が当日がお誕生日でしたのでお相手の男性から華のギフトボックスをプレゼント🎁

私は彼女の誕生日が当日だと知らなかったので華に合うシャンパン🍾をプレゼントし楽しくお祝いをご一緒させて頂きました✨

笑いの絶えない会話をしながら私はたくさんの人たちの人生の活きる喜びをご一緒させて頂いてることに感謝と改めてウォッカバーを開いたことが良かったなと(^-^)
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小学3年生の頃近所にあった市営のプール施設によく通ってまして、たっぷり泳いだり遊んだ後は小腹が空くんですね。子供なんで夕飯まで我慢出来ずつい施設内にある軽食喫茶で一杯380円のラーメン🍜をよく食べました😋なんの変哲もないラーメンだけど子供の小腹を満たすには充分でした。

今日は普段は行かない祐天寺で元祖東京ラーメンの老舗【来来軒】で一番シンプルな東京ラーメン🍜を頂きました😋つい子供の頃のあの時のあの味を思い出しました。そうそう、こんな感じ✨
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ウォッカバーの新メニューはかつてロシア帝国海軍の精鋭【バルチック艦隊】の艦内で将官クラスが食べていたロシア風豚肉ラグーソース料理を【バルチックライス】と銘を打ち再現しました(๑˃̵ᴗ˂̵)