《初めての親友 そして別れ》
1983年の初夏、母と二人で羽田に潮干狩りに行った。彼女が所属する婦人会の貸し切りツアーで普段は入れない空港近くにまで舟で行けるのが魅力。夢中でアサリやハマグリを掘ってるとゴーと次から次へと旅客機が桟橋状に海面に突き出た滑走路に着陸していく。母は「海に落ちないかねー」と不安げに言った。その日の深夜 赤坂のホテルニュージャパンが炎に包まれた。翌日 日航のジャンボ機が羽田沖に墜落。精神疾患の機長の逆噴射が原因だった。
森田くんといった。太郎の最初の親友がいた。地元で長くお蕎麦屋をしている家の長男坊で背は低いが精悍な顔つきの少年だった。太郎とは大の釣り仲間で暇さえあれば多摩川によく釣りに行った。太郎とは最初にあった時からお互い馬が合いお互いの家をよく往き来し森田くんが泊まったり太郎が森田くん家に泊まったりと仲がいい。
母はよく太郎が森田くん家に行く時、「森田くん家に行くのかい?じゃあ悪いけど夕方まで粘ってくれるかい?」要は夕飯食べさせて貰えということだ。太郎は森田くんとの会話に飽きるとゲーム当時は野球盤や人生ゲームをしそれも飽きるとマンガを読み夕飯近くに帰ろうと見せかけて叔母さんから「太郎ちゃん、夕飯一緒に食べてきな!」と言われると母からの任務達成だ。家路につくと決まって母は森田くん家に電話をかけ「スミマセン、うちのバカが夕飯まで頂いて」となる。ま、その逆も多々あったが。
その年の夏休み森田くんからいつもの場所に釣りに誘われた。が、太郎はその日は母が所属する婦人会の子供たちを対象にした合宿に行く日で太郎は合宿から帰った次の日に行くと彼と約束した。前回行った時は太郎が森田くんよりも大きい鯉を釣り上げた。彼はどうしてもリベンジしたかったのだ。
「今度は太郎に負けないからな!」太郎が森田くんを見たのはこれが最後だった。
太郎にとって合宿は何の意味もないものだった。クラスメイトもいなく他校の子供たちと一泊2日程度で仲良くなることもなく夜のキャンプファイヤーも何でみんなで火を囲み歌を歌うのか意味がわからなかった。夕飯に出た冷えたカツカレーライスが微妙に美味かったことがせめてもの喜びだった。
エアコンなど無い事は子供でも予想できる。その夜は蒸し暑く寝苦しかったが太郎は帰ったら森田くんと釣りに行けると早めにとこについた。どれくらいの時が過ぎたのだろう時計がないので分からなかったが鈴虫の鳴き声が外から聞こえる。その瞬間突然太郎の右耳から左耳へ突き抜けるようなものを感じハッと目が覚めた。「なんだったんだろう、確かに自分の名前を呼ばれたような」
朝を迎え朝食を食べて送迎バスで駅に着き家に帰ると母が目頭を熱くして泣いていた。お母さんどうしたの?太郎が尋ねると母は「森田くんね、死んじゃったよ」と、太郎は理解できなかった。「でも、明日釣りに行くよ」と咄嗟に言った。
森田くん家はお蕎麦屋でこの少し前ビルを建て一階が蕎麦屋二階以上は賃貸で森田くんは最上階に住んでいた。当日、彼はベランダで涼んでいたが身を乗り出した時に誤って転落しコンクリートの駐車スペースに強く頭を打ち付けた。即死だった。森田くんの叔母さんは苦しまずに死んだことがせめてもの喜びだったと。死に顔は眠ってるかのように安らかだった。
告別式が終わり数日後、太郎はひとり釣りに行った。釣果は無かった。夕方片付けて家に帰る途中で釣竿を忘れてたことに気がついた。引き返そうとしたがやめた。もう釣りに行くことも無いと感じた。
終