書評

『みちのく よばい物語』(光文社)

     著者 生出泰一

 

『広辞苑』によれば、「婚」と書いて「よばい」と読む。「ヨ(呼)バフの連用形から」で、「夜這」は当て字だ。

夜這の実態を知らない人には、この本はあまりにも奇抜だから、こしらえすぎているように思うかも知れないが、私はこれを書くに当って、六十歳以上の、実際に夜這を経験した人々に集まっていただいて、録音したのである。

(「あとがきにかえて」)

夜這は、中世あたりから禁止されるようになったらしい。だが、昭和まで密かに続いていた。日本の文化は二重構造になっているが、性愛に関しても同じだ。現在でも、日本人の感覚は二重構造になっている。そのことをきちんと自覚しないと、頭がおかしくなる。

その恰好いい著者は、続けてこうも記しておられる。「夜這でも、忍んだ男がみな成功したら鶏や犬猫同様で、動物的交尾以外の何物でもない(中略)。動物だって、嫌な相手は全く寄せつけないという。まして人間であるからには、好きなのもあろうが嫌な奴もある」と。実に正しい恋愛の、そして性交の姿ではないか。

夜這いを一方的な男のエゴだなどと、もうこの一文だけできっちり反論ができる。女は偉いのだよ。座して、いや、伏して待っているだけで、可愛い可哀想な男はわらわらとやってきていた。作ってやるのは子供でもなく快楽でもなく物語だ。女は言いなりになることなく、自ら物語を作る。

(岩井志麻子「解説「誰かわしに夜這いに来んかい!!」」)

岩井は『べらぼう』に出ていたんじゃないかな、後の歌麿を買いに来た尼の役で。

(終)