『夏目漱石を読むという虚栄』プラス
4442 「意見」について
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意味不明の「淋しさ」について、Nは語る。
〔5540 個人の主義〕参照。
まず、入口から。
もっと解り易く云えば、党派心がなくって理非がある主義なのです。朋党を結び団隊を作って、権力や金力のために盲動しないという事なのです。それだからその裏面には人に知られない淋しさも潜んでいるのです。既に党派でない以上、我は我の行くべき道を勝手に行くだけで、そうしてこれと同時に、他人の行くべき道を妨げないのだから、ある時ある場合には人間がばらばらにならなければなりません。そこが淋しいのです。
(夏目漱石『私の個人主義』)
意味不明。
「朋党を結び団隊を作って」いても「淋しさ」を覚える人がいるのではないか。「権力や金力のために盲動」すると決まっているの? 「盲動」ではないかもしれない。
「それ」ってどれ? 「その裏面」ってどこ?
「人に知られない」ということがどうして自分に知れるの? 妄想だな。「人」は知っているかも。だって、離脱したんだから情報は入って来ないはず。
「淋しさも潜んでいる」は意味不明。「淋しさ」は生物か?「も」って、他に何が「潜んでいる」の?
「党派でない以上」は〈「党派」の一員「でない以上」〉と補いたいが、無理かな。「我は我の行くべき道を勝手に行くだけ」のつもりでも、裏切り者は「他人」に邪魔されるかもしれない。粛清だよ。「他人の行くべき道を妨げない」と、どうして決まっているのか? 逆に、「我の行くべき道」が「他人の行くべき道」と同じになるかもしれない。同じになったら、どうする? わざと別の「道」を選ぶんじゃないよね。そもそも「道」って何?
「これと同時に」の「これ」の指す言葉が不明。
「ある時ある場合には」離脱者が大勢いるかもしれないよ。また、「ある時ある場合」ではない「時」や「場合」には、「我は我の行くべき道を勝手に行く」つもりでも、その道はありふれた道で、だから「他人」も歩いているかもしれない。
世の中には「淋しい人間」を気取りたがる連中は、わんさか、いるね。だから、Nの小説は売れるのさ。こんな簡単なことが分からないのかな。
「人間がばらばら」だってさ。バラバラ事件かい? 「ばらばら」になるのは「朋党」や「団隊」でしょ? この「人間」の真意は〈人類〉かな? 違うな。ああ、面倒くさい。
「そこ」ってどこよ!
(続)
