書評)

『正続 あしながおじさん』(三笠書房)

   著者 ジーン・ウェブスター  訳者 北川悌二

 

『あしながおじさん』

若い頃読んだときには、この作品を少女小説のように誤読していた。実際には、教養小説のようだ。いろんな書名が出て来るが、私はその半分も読んでいない。

え方について、有益な話もある。

化学の教授は「真の学者であるあかしは、どんなこまかなことでもたゆまず調べようとする熱意(ねつい)にある」とおっしゃっておいでです。

歴史の教授は「こまかいことに目をうばわれないように注意すること、全体を見渡せるように、はなれて遠くに立っていなければならない」とおっしゃっておいでです。

どんなにうまく帆をあやつって化学と歴史のあいだをわたしたちがくぐりぬけなければならないか、これでおじさんもおわかりでしょう。わたしがいちばん気に入っているのは、歴史的方法です。たとえウィリアム征服王(せいふくおう)が一四九二年に英国に渡ったといい、コロムブスがアメリカを発見したのは一一〇〇年か一〇六六年か、いつかかだとどんな年をいってもそれは、歴史の教授だったら見のがしてくださるこまかなことなんですものね。これが歴史の授業に安心感とゆとりを与えてくれるのですが、化学となるとそうはいきません。

「おじさん」が誰なのか、みんな知ってるよね。

でも、「おじさん」がジューディの手紙を読んでどんな感想を抱いたか、想像できるかな。彼の気持ちが、いつ、どのように変わったか。彼が彼女に会いたくなったのは、どの手紙を読んだからか。

「おじさん」の気持ちを想像しながら、また読んでみないか? 

 

『続 あしながおじさん』

これは読んでいなかった。読まなかったのには理由がある。〈この作品は優生思想だ〉というエッセイか何かを読んだせいだ。

わたしは、ロゼッタのかぜに、毒薬の砒素(ひそ)でも調合(ちょうごう)していただきたいと思っているくらいなんです。あの子の病状をしらべてみましたが、たしかにカリカック家の一族だわ。この子を大人にして、社会にめいわくをかける三百七十八人もの精神虚弱者を産みださせるなんて、はたして正しいことなんでしょうか? まあ、まあ! あの子を毒殺するなんて、そんなこと、いやだわ。でも、どうしたらいいのでしょう? 

小説に悪人が登場したら、その小説は悪書なのか? そんなことはない。

何が「はたして正しいこと」なのか、話し合うことは正しくないのか? 

この手紙を書いているのは、孤児院の院長になったばかりの「軽はずみでそれを改めようとしない サリー・マクブライド」だ。彼女はいろんな体験をして、いろんな人と出会い、成長する。彼女の困惑が想像できないようなら、小説なんか読むなよ。

歴史的には、国家による人口の質と量の管理思想として作用したためにファシズムに還元されやすいが、日本では、断種を否定する民族主義者や断種を支持する左翼も多く、優生思想的言説は複雑で一元的ではない。

(『日本歴史大事典』「優生思想」石崎昇子)

「ファシズム」は偽善的な「一元的」情感から始まる。逆差別を含む。

(終)