老女Aの手記 Ⅰ-03

 

予想通り、書き写すのが苦しくなってきた。

農家の子供の父は色が抜けるように白く、背も人の頭から上に顔が出ている程高くて、まあ、格好がよかったようだ。【①】に墓参に帰る度に寄る家の人が、弟二人がいる前で「母ちゃんがよくなかったから、父ちゃんを越すような良い息子ができなかった」と言って、弟が苦笑していることがあったが、母は色が黒く、好い女とは程遠かったような気がする。

母方の祖父母の名前を、タロは覚えていない。父方の祖母の名前も覚えていない。彼女に会った記憶もない。

父方の曾祖母は何度か泊まりに来た。こうるさい人だった。タロは彼女が嫌いだった。親戚の誰からも嫌われていたらしい。よく屁理屈を口にしていた。「せめてラジオ聞かせたい」という歌を聞いて、〈嘘ばっかり〉と言って怒っていた。

①は地名らしい。タロは、一度か二度、「墓参」に行った。そこで迎えてくれた人をA子は見下し、汚い生き物でも寄ってきたみたいにして、囲炉裏の傍でふんぞり返り、口も利かなかった。相手は、へいこらしていた。タロは不快だった。だから、「墓参」について行かなくなった。その理由について、父のカスケは〈タロは墓を怖がっている〉と誤解した。そのせいか、タロは他の「墓参」もせずに済んだ。もしかしたら、〈墓場が恐いのか〉と問われて、タロは黙って頷いたのかもしれない。とにかく、カスケと話すのが億劫だった。

タロの記憶では、祖母の肌は黒くなかった。「好い女」だったかどうか、よく分からないが、醜くはなかった。賢そうで冷たい感じがしたが、A子よりは優しかった。祖母は、老後、一人暮らしをしていた。住んでいたのは共同住宅の一階の1DKだ。庭付き。タロはその部屋に泊まったことがある。その体験を『いろはきいろ』に書いているはずだ。なぜか、タロだけが泊まった。そういうことが、何度かあったようだ。

彼女は精神病院で死んだそうだ。私だけ、見舞いに行かなかった。カスケは〈タロは繊細だから〉という理由で、私を連れて行かなかった。妹のミリは病院から戻って、喜んでいた。窓から顔を出して〈ラーメンが食べたい〉と叫ぶ人がいたとか。カスケは真面目そうな顔をして、〈精神病院に入ったのは、他にベッドがなかったからで、おばあさんは精神病ではない〉と言った。嘘だ。彼は、嘘をつくとき、決まって真面目そうな顔をした。精神病は遺伝すると信じていたからか。遺伝はしなくとも伝承はされる。

祖母の葬式は彼女の狭い部屋で行われた。親戚の数人だけが参加し、キリスト教関係の男が来た。普通の背広姿だった。彼は彼女のことを知らなかったらしい。彼女の拵えたスクラップブックを眺めてから、こまめな人だったとか何とか、もっともらしい話をした。子供心にも、滑稽に感じた。

(終)