天皇皇后両陛下のベトナム御訪問
天皇皇后両陛下のベトナム御訪問
(平成29年2月28日~3月6日
端的只今@kanoya205
天皇陛下、ベトナム訪問で熱烈な歓迎。日本では、ほとんど報道されない。 https://t.co/tvKQaUzURs
2017年03月03日 00:27
産経ニュース@Sankei_news
【両陛下ベトナム・タイご訪問】「長い間、ご苦労さまでした」 両陛下、残留元日本兵家族とご面会 https://t.co/Wt5hNo0noE #皇室 #ベトナム #タイ https://t.co/Rd2k9Sinnu
2017年03月03日 12:27
早川 愁@rickdiascom
ベトナムをご訪問中の天皇皇后両陛下、ベトちゃん・ドクちゃんのドクさんと また、天皇陛下が41年前に寄贈されたハゼの標本と再会 https://t.co/0ZbMxJNm4b
2017年03月03日 06:24
Google ニュース@GN_JP
陛下、ハゼの標本と「再会」 41年前、ベトナムに寄贈 https://t.co/Kr1oTHXT1t ベトナムを訪問中の天皇陛下。2日は皇后さまとともにハノイの自然科学大学生物学博物館を訪れ、自身が皇太子時代に寄贈したハゼ… https://t.co/bJi2NqzJQj
2017年03月03日 12:40
【保存】
◆【両陛下ベトナム・タイご訪問】天皇陛下の晩餐会におけるお言葉全文
2017.3.1 21:39産経ニュース
この度クアン国家主席閣下の御招待により、皇后と共に貴国を初めて訪問することを誠に喜ばしく思っております。今夕は、私どものために晩餐会を催してくださり、また、国家主席閣下から丁重な歓迎の言葉を頂き、心から感謝いたします。
またこの機会に、私どもの子供である皇太子や秋篠宮夫妻が、かつてこの地を訪れました時に、貴国の皆様から受けた様々なお心遣いに対しても深くお礼を申し上げます。
近年、国家主席を始め貴国の指導者が我が国を御訪問になり、その際私どもに貴国訪問の御招待を頂いてまいりました。そうした中で、今回、貴国を訪れることができたことを感慨深く思っております。
貴国と我が国の間では、昔から数々の交流が積み重ねられてまいりました。歴史をたどると八世紀には、当時我が国の都であった奈良で大仏開眼の儀式が行われましたが、その際、現在のベトナム中部にあった林邑(りんゆう)の僧侶・仏哲(ぶってつ)により舞が奉納されたと伝えられています。その時の林邑の音楽は、我が国の雅楽の楽曲として現在でも演奏されています。今回、かつて林邑が栄え、また、ベトナムの阮(グエン)朝の都であったフエを訪問します。その地で我が国の雅楽と源を分かち合うニャーニャックを聞くことを楽しみにしております。
また、十六世紀から十七世紀にかけては、国際貿易港として栄えたベトナム中部に位置するホイアンに、我が国から多くの交易船が訪れ、日本人町もつくられました。
その後、我が国の鎖国政策により、貴国と我が国の交流は途絶えましたが、二十世紀初頭には、「東遊(ドンズー)運動」の下、約二百名の貴国の青年たちが我が国に留学していたこともありました。
一九七三年に日越両国の外交関係が樹立されてから既に四十余年、その間、両国の交流はますます拡大し、現在我が国には、約十八万人のベトナム人が留学生、技能実習生などとして滞在しています。その中には、将来我が国で看護師、介護福祉士として活躍することを目指して、病院や福祉施設で働きながら研修をしている約五百名の人たちもあります。明日、文廟(ぶんびょう)において日本に留学していた人たちを始め、日越両国の交流に携わる人たちとの会合の機会を持つこととなっており、楽しみにしております。
近年、貴国では、日本語を教える小学校もできるなど、日本語学習への関心が高まっていると聞いています。一方、我が国でも多くの企業がこの地での生産などに関心を高めており、ベトナムに居住する日本人の数も今や約一万五千人に上っています。日越両国において、それぞれの文化を紹介する催しも各地で開催され、お互いの音楽や食事などを多くの人々が楽しんでいることを大変うれしく思っております。
両国民の交流がますます深まり、お互いの文化への親しみが増してきている今日、この度の私どもの訪問が、両国国民の相互理解と友好の絆(きずな)を更に強める一助となることを心から願っています。
ここに杯を挙げ、クアン国家主席閣下並びに令夫人の御健勝と貴国の国民の幸せを祈ります。
http://www.sankei.com/life/news/170301/lif1703010082-n1.html
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「元寇の縁」
ユーラシア大陸の覇者・モンゴル帝国(元軍)の侵攻を喰い止めたのが、鎌倉幕府の日本と陳朝・ベトナムでした。
後嵯峨上皇に「異国のこと」として、「大蒙古国皇帝奉書(日本降伏勧告書)」は提出された。
「・・兵を用うるに至りては、夫れ孰(たれ)か好むところならん。王それこれを圖(はか)れ。」
その天朝の後継者、天皇陛下がベトナムをご訪問。
奇しくも、現代の元軍(中国)と対峙しているのが日越の両国ですw
日清・日中戦争、そして中越戦争は、まだ記憶に新しい。
中国の両翼に強国が位置する。
歴史家の毛沢東は、「東の日本とは戦争するな」と言い遺している。
「中国の天下が滅亡する歴史の教訓だ」
日越が図らずともシンクロして、元寇を退かせた要因が、モンゴル帝国を弱体、滅亡させた。
今の習近平一派は、少しも気にもしていないようですw
陳興道(チャン・フン・ダオ)
Mongols vs. Samurais, Mongol Invasions of Japan 元寇
https://youtu.be/LWAnEXQYR9c
2013/05/08 に公開
元寇(げんこう)とは、日本の鎌倉時代中期に、当時大陸を支配していたモンゴル帝国(大元ウルス)およびその属国である高麗王国によって2度にわたり行われた対日本侵攻の呼称である。1度目を文永の役(ぶんえいのえき・1274年)、2度目を弘安の役(こうあんのえき・1281年)という。蒙古襲来とも。