新編 太郎日記・わが家の郵政解散 -13ページ目

新編 太郎日記・わが家の郵政解散

トトさまが巻き込まれた郵政新党騒ぎ内幕の因縁をぼくの誕生から

イメージ 1

 多くの著名人を自由連合が比例区の候補に並べた平成13年の参議院選挙。お手伝いをした父さまは、福岡へ遊説に来た著名人候補のうち、アントニオ猪木のお兄さまの杉山穎男さん、ロックグループ横浜銀蠅のなんとかと云う人 父さまは名前を思い出せないそうです。そして、ドクター中松のおじいさま。計3名の遊説を手伝いました。

 アントニオ猪木のお兄さまの杉山穎男さんは空手の師範で且つ、相当文章も書ける文武に秀でた人格者でした。硬派の政治哲学をもつ父さまゆえか、このお父さまには気に入って頂き、ご丁寧な文面で感謝状を戴いていました。


 横浜銀蠅メンバーのなんとかと云う人については、その不真面目さに呆れてしまい、『後は、自分で勝手に帰りやいと』博多弁でどなりあげ、遊説先に置いて来たそうです。
 翌朝の選体会議で事務局長が、父さまの候補置き去り事件の真相を聞き正したかったようで横浜銀蠅さんはどうでした?とやんわり質問がありました。父さまはほら来たとばかりに『あんな連中を担いでいたら、票が逃げても、増えはしません!』とぶつきら棒に答えました。事務局長は、さらに柔らかく『彼は鹿児島の出身で、地元には暴走族の子分がいて票を持っているんですよ。』と父さまをなだめるように言葉を続けたのですが、父さまは『そんな事を本気であてにしているんですか!』と声を荒気、その日の会議をしらけさせてしまいました。この会議で父さまの向側に座っていた、使いにくい父さまのめんどうをよく見てくれるOさん~父さまの待遇の交渉や尻ぬぐいはこのおじさんがやってくれるのです。~がうつむいた首を左右に振りながら、それを言ってはお終いと目配せで父さまをなだめるのでした。
 とにかく父さまは、短期間の請け負いといっても、他の秘書の皆さんよりも良いお給料をもらっいながら、本人の言うには、信念に基づき行動し発言します。世間ではそれを思うようにやって、好きなようにものを言っているとも言うのですが......。



 さて、この章の本題、ドクター中松おじいさんと父さまの遊説のお話です。

『明日は、ドクター中松さんが福岡に入る、遊説のお世話をするように』と事務局から言われた父さまは、なぜかこの時に限って選挙と真面目に考えずに、著名人・芸能人のお世話を一日楽しんでやろうと気持ちを切り変えたのでした。いろいろと話題にこと欠かないドクター中松さん自身への興味も父さまには強くあったようです。
 
 当日、午前8頃でしたか、父さまは街頭カーを福岡空港へ回しドクター中松おじいさまのご一行を向かえに行きました。ご一行はご本人と男女の秘書1名ずつ、計3名でした。この元気なおじいさまは、何処で何をやるにも、必ずビデオを回して記録を残されます。この日も、空港の搭乗者出口からでて来られたドクターに父さまが出迎えの挨拶をすると、早速
『やりなおし、やりなおし。もう一度自己紹介からビデオの前で』
と言われ、父さまは改めて秘書さんが担いだビデオの前に立ちレンズに向かって挨拶をしたのでした。『ドクター中松がおるバイ』となかには気付く人もいて、父さまは回りから好奇の目を受けながらビデオに収まったのでした。

 空港を出て、ドクターはまずファミリーレストランへ入るように父さまへ言いました。
 『ぼくは科学的に選挙をやる』
そうで、空港近くのファミリーレストランへご一行を案内するとドクターは秘書へ、今日のために用意した資料を出すよう促しました。理系に疎い父さまは、どんな資料なんだろう、選挙に勝利するための化学式なんて云うものが出て来たら厄介だな、などと思っていたようですが、なんの事はない取り出されたA4サイズの紙は九州の主要駅の一日当たりの乗降客数を表にまとめたものでした。もちろん、この辺りのやりとりも秘書さんが横でビデオを回し、しっかりと収録しています。
 取り出されたその資料を見ながらドクターが言うには
『博多駅は一日25万人の乗降客があるそうだが、今日小倉では小倉祇園太鼓祭と云うのがあっておる。
向こうは、40万の人出があるらしい。そちらに向かいたい。』
との事でした。
 父さまは、北九州の小倉まで車で走るのがいやで
『ドクター、北九州・福岡、往復3時間です。その時間が科学的に選挙を考えると無駄です。それより今直ぐ、九州の玄関口博多駅で、福岡での第一声を上げてもらって、繁華街を歩き回りましょう。』と、説得しドクターを納得させました。

 この時の父さまの説得は珍しく正論でした。人出が多いといっても地理不案内の場所で移動に時間を浪費するより、父さまが知り尽くした福岡・博多の街を歩き回る方が遊説の効率は断然高い事は間違いありません。

 『そうか!』とようやく納得したドクターは、ファミリーレストランの一角で選挙用の襷~発明で日本を変えます!・ドクター中松と大きく書いた~を肩からかけ、山たか帽子に白手袋を姿になり、準備を整えました。
 そして、驚きと笑いをファミリーレストランのお客さんや、スタッフに振りまきながら
『ドクター中松、発明で日本を変えます。では、行って参ります!』と出口で挨拶をして街頭カーへと乗り込んだのです。