それは良く晴れた日のこと。

 

メープルみたいな黄色をした癖っ毛と、赤いカーディガンが特徴の少年ランドカナンと、大きな冠から黒い耳がはみ出しているゼンマイおもちゃのパウル。2人は緑が一面に広がる丘の上に、並んで寝転がって、空から降りてくる暖かな日差しを気持ち良さそうに浴びていました。


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春の匂いのする風が、二人のいる丘を滑るように駆け抜けて、その先にある海の方へと去って行きます。

 

「ねぇパウル、太陽というのは実に真面目だよね。毎日、決まった時間に山の向こうからやって来て、決まった時間に海の方へ去っていく。その間に、植物たちには元気を与えてやって、ボクたちの洗濯物は乾かしてくれる。他にも色々と沢山のものを与えてくれてる。でも毎日それを繰り返して大変じゃないのかな。やめたくならないのかなあ」

 

カナンは両手を頭の下に、空を見上げたままそう言いました。


パウルもそれと同じ格好で空を見上げています。


「そうだな…。例えば俺たちの家の花壇には、オレンジやピンクやブルーと色々な花が咲いているだろ。俺はさ、あの花たちが好きなんだ。見ているだけで嬉しくなるし、良い香りもして得した気分になる。お前はどうだ?」


パウルは可愛らしい外見からは想像もつかないような低いハスキーな声でそう言いました。


カナンはお家にある赤レンガの大きな花壇を頭に思い浮かべました。パウルの言ったように、色々なカラフルな花たちが頭の中にポンポンと浮かんできます。ネモフィラ、ポピーに沈丁花。姿を思い浮かべると、決まって香りもまた鮮明に感じ取ることが出来ました。


「勿論、ボクも好きに決まっているよ。君は眠っていたから気が付かなかっただろうけど、今日の朝だってね、起きてすぐに窓を開けたら、外から花の甘い香りが飛び込んできたんだ。きっと、おはようと言ってくれたんだろうね。それでボクは花たちがとても恋しくなって、自分の朝ごはんよりも先に外へ出て水やりをしてやったんだ」


朝、寝癖をつけたままのカナンが外へ飛び出すと、花たちはそれを待っていたかのように体を軽やかに揺らしていました。銀色のジョウロから流れ落ちた水は雨のように花壇に降り注ぎ、花たちは楽しげに葉や花弁に付いた水滴をピチョンピチョンと弾いていました。


カナンはそのときのことを思い出し、幸せな気持ちに浸ります。


「俺のゼンマイを巻くよりも先にな」と、パウルは冗談めかして付け加えました。それから立ち上がって、背筋を伸ばすと、体からブリキ特有のカキンカキンと鉄の擦れ合う音がしました。



「カナン、それだぜ。世の中にある全ての素晴らしいことってのは共通してwin-winなんだ。お前は水やりをしているとき、大変だとか、やめたいだとか、思ったか? それよりもずっと楽しい気持ちがあったはずだぜ。なぜなら水を浴びて花たちが喜んでいるのを見ると、自分もまたとても幸せな気持ちになるからな。それはカナンだけではなく、あの太陽も同じさ。太陽の恩恵を受けて喜ぶ植物や虫や俺たちを見て、太陽もまた楽しんでくれているんだ」


そのとき、パウルの頭の王冠が太陽の光を反射し、キラリと輝きました。それはまるで太陽がパウルの言葉に、うむ、と頷いたようでした。


「でも、水やりの時間は10分もあれば十分だけど、太陽は一日の半分も働いているんだよ。僕が一日の半分ずっと水やりをしてろって言われたら、さすがに断るだろうね」


「太陽と俺たちを同じ時間のスケールで考えてはいけない」


パウルは「失礼」と地面に茂っている細長い雑草を一本引き抜いてから、それを横にしてカナンに見せました。


「この雑草の長さが、俺たちの一生だ。対して太陽の一生は…」そこでいったん言葉を止めると、丘の先に見える海を指差しました「ずっと遠くにあるあの水平線だ」


カナンがパウルの指差す方を見ると、その目にどこまでも広い海原が映りました。海はその上を飛ぶ鳥や潮風とハミングしているかのように、穏やかに波をうっています。こんな暖かい日には、海もまた機嫌が良くなるようでした。カナンは水平線をなぞるように視線をスライドさせていきましたが、水平線は終わりが来るよりも先に、遠くに見える別の島の裏側へと入り込み見えなくなってしまいました。一体、パウルの持つ小さな雑草が何枚あれば、あの水平線と同じ長さになるのでしょうか。10万枚?  100万枚?  いや1000万枚あっても足りないでしょう。それはまさしく太陽とカナンたちとの一生の差でした。


「太陽っていうのは凄く長生きなんだね。それとも僕たちが短すぎるのかな」


カナンも雑草を一本引き抜くと、ふっと息を吹いて飛ばしました。飛ばされた雑草は、意思を持ったブランコみたいに、たゆたいながら海の方へとその身を運んで行きます。2人はそれが見えなくなるまで見つめていました。


「両方だろうよ。つまりだ、太陽にとっての一日の半分なんて、俺たちの10分よりも、ずっと、あっという間なのさ。そりゃ大変だなんて思わないだろう。そもそも俺たちが半日ずっと水をやってたら、いくら花でも良い迷惑だろうな」


パウルの言葉にカナンはくすりと笑いました。


それから2人は持ってきたスケッチブックに海の絵を描き始めました。カナンはあまり絵が上手ではありませんでしたが、描くことは大好きです。パウルはお得意の手の器用さをみせ、驚くくらい上手な絵を描いてみせました。2人でそれを見せ合い、感想を言い合ったりしているうちに、高い所にあった太陽は水平線にその身を沈め始めていました。


海が深い橙色に染まっていきます。


「ああ、今日も楽しかった」


カナンは立ち上がるとズボンに付いた土や草をポンポンと手ではたきました。


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「ねぇパウル、太陽はこれからどこへ行こうとしているのだろう。もしかしてこのまま海の底へと沈んでしまうのかな」


「いや、地球の裏側へ行くのさ。ここではないどこか。ずっと遠くにな。そこでまた誰かを幸せな気持ちにしてあげるんだ。俺たちがしてもらったみたいにね」

「それじゃあ、太陽は半日どころじゃなくて、ずっとずっと働き続けているのかい?」

休むことなく永遠に働き続ける。考えただけで頭がクラクラとしてしまうことでした。

「働いてはいないよ。さっきも言っただろう?  楽しんでいるのさ。いつまでも楽しみ続けられるって幸せなことじゃないか」

「そっか。楽しんでいるのならいいのかな。でも、たまには太陽にも休んで欲しいな。だって眠ることもまた、とても幸せなことだから」

ついに太陽はその身を完全に隠してしまいました。空はすっかり真っ暗になり、温かかった風は鍾乳洞から出てきたみたいにひんやりと冷たくなっていました。

「さてパウル、もう暗いしお家へ帰ろうか」

「おう、帰るぜ。帰ったら体のメンテナンスを頼むな。ここは大好きだが、いかんせん俺は潮風に弱いからな」

夜の丘に二人の笑い声が響き渡ります。

「案外、太陽ってやつは地球の裏では、はっちゃけてるのかもしれないぜ」

「どんなふうに?」

「例えば暖かい日差しの代わりにギターを弾いて歌をプレゼントしているかもしれない」

「まさか!  じゃあ今度確かめてみようよ、実際に地球の裏側へ行ってみるんだ。太陽も驚くだろうね。あれ、君たちさっきもいなかったっけって」

「それはいいな」「でしょう!それかさ……

…………

……


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