一日 ひとり農作業の日だったので

物思いにふけった 日中でした


昨日は 草木染の会だったけれど

これは私の 個人的な興味で始めたことで


単に 「趣味なんです」 といって

ひとりで やっていても 全く問題ないもの




現に ひとりでやっていても 十分楽しいし

わくわくするし

植物と親しくなるための 素晴らしい領域だと思う


ひとりでやったほうが 百倍 「楽」 だしね

材料はひとり分でいいんだし 

あれこれ独断で決めちゃえるし


なんで これを

子どもたちや 家族に案内して

みんなで やりましょう と 声を掛けたのかを

しばらく考えたんだ




子どもらが 春から夏にかけて

どんぐりで遊んでいる間

ここに生えていた 植物





それが 

白い布を ほれぼれするような色に 染めていく



なぜ 自己完結しないのか?


ひとことで いったら

「感動することは 生きていく上で 影響力があるから」 かな

さらに

「みんなで感動すること」 は

またさらに 相乗効果があるから かな





子どもの頃は すぐに過ぎていってしまう・・・


うちの子も おっきくなっちゃった


けどね 

残ってるんだよね 記憶に

しっかり感動していることって 

その子の中の 大きなものとして

ちゃんと記憶に 残るんだよね


形になって しっかりかえってくるわけでも

確かな答えや 成果がすぐに分かるわけでもないのに


私が どんぐりを 続ける理由も 

そこにあるんだと思う



この子たち それぞれが

どんぐりの中の一部であり どんぐり全体である

彼らが いつか卒業して 

ここに居ることが なくなっても それは同じ


私は どんぐりの一部であり

どんぐり全体である


私が すべて何かを掌握しなくても

全てを 賄わなくても

全てを 言葉にしなくても

全てのことが できなくても

いつか 死んでしまっても


全体の一部であり 全体である誰かが

どこかで ちゃんと 担ってくれる


そのための 拡散


私の中にだけ 留めない理由は

そんな感じのところにあるのかな・・・


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