ふと 「家族」 について 

思いを馳せてみました


それも 今育んでいる 我が家ではなく

私が育った 故郷の家族

要するに 実家ね


私は ちなみに 三姉妹の 末っ子です



この一年は 私の実家にとって

たくさんのことが 起きた


6月に 父が 倒れ

危ないところまで いった

今では 自宅療養しているけどね


先月から 

二番目の姉が 何よりも大切にしている 愛犬の

具合が悪くなり

正直 姉の精神状態が 心配になった


何しろ ほんとに何より 愛しているのを

知っていたから



どんぐり畑



あまり動けなくなった 愛犬のそばを

一時も 離れられずに

食事もせずに 風呂にも入れない・・

そんな生活を

一番上の 姉が 足しげく通い

支えた


一番上の姉は 

ずっと長い間 精神障害と 闘ってきた

もちろん 母も ずっとずっと 

それと向き合ってきた 人生だった


一番上の姉は 

傷心している 二番目の姉を 気遣うことで

心が 安らいで 穏やかな気持ちで居られるようだった


人の役に立つために 一生懸命になっている姉を

彼女の 子どもたち (もう高校生以上) は 

暖かく応援してくれているようだった


子どもたちは 母(姉)が 自分自身の病に

苦しんできたことをしっている

また それと同時に 

子どもら自身が 痛んできた 

毎日毎日



痛みというのは

単に 痛みというだけには 終わらない


なぜなら 外界と 繋がって

それぞれに影響を 与え合い

支えあいながら 時は 刻まれていくから


他者の痛みを 懸命に 癒そうとする過程で

自分自身が 救われたりも するのだから


だから単に

他者と 関わる上で

「痛かった」 「謝れ」 などと

単純に 要求し合うのは とても浅はかなのかもしれない


痛いからって すぐに

見切りをつけて 縁を切ったりするのも

どこかおかしいのかもしれない



家族というのは 長い長い時間軸で

少し 痛いところも 涙でちゃうようなことも

どこか 痣を作りながらも 互いにこっそりと

痛み分けをして 

支えあっていくものなのかもしれない


私の家族は ・・・

これまで そんなに 

幸せいっぱいなことばかりでは なかったはず


だからこそ 

私は 元気で 快活でいなくちゃと 

いつしか思うようになったのだから


私は 

あまり親に 心配かけないように 生きてきた


なんていうんだろ

心配かける 余地が なかったから

かけないようになった


問題が起きても 解決してから 報告した


どんぐりを始めてからは

ミラクルな 嬉しいことがたくさん起きたので

いいことばかり 

たくさん話した


体にいいことも たくさん紹介したし

どんぐり産の 桑の葉茶や

酵素作りの材料を 送ったりもした


母は 私の方向性を

かなり面白がりながら 見守ってくれている

自分も 結構楽しみながらね


私には そんな母の姿が 救い


どんぐり畑



今朝 母から 写メが届いた

盛岡は こんな雪だって


私は 冬の盛岡は 行ったことがない


家族は 離れ離れになっても

なんとなく 見えない糸で 繋がって

不思議なバランスで 支えあっているんだね


幼少期から 「家族」 という 暖かい形を

持つことが出来ずに育った 父


あなたの 娘達は

ちゃんと 家族として 支えあっていますよ


いろんなことが起きても

こうして 「家族」として

繋がっていられたことは

支えてきた 母の 力なのでしょう


お母さん


寒いし 雪かきも 大変だけど

元気で すごしてくださいね


また 楽しい話をしましょう


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