ものを観る時
それを形容する言葉を 気をつけてみることは
もしかして 大切なことかも とふと思った
ギシギシの葉っぱに たくさんいる ハバチの幼虫
いもむしだから 嫌な人もたくさんいるでしょう
だから
「きもちわるい」
「こわい」
「あっちいけ」
そんな言葉もきっと 発せられる
わたしにしちゃ
この子は 異様に可愛い子の仲間なので
「かわいい」
「愛嬌がある」
「手に乗せさせて」 なんてことにもなる
これ 10月中旬 大豆の葉っぱにいた
観たことのない コガネムシの仲間
交尾中でしょうね
そういう事情を知らないひとが
好きなように解釈したら・・・
そりゃあもういろいろな 物語ができちゃう
プラス要素解釈
「母さん、肩の凝りがひどいね もんであげるよ」
マイナス要素解釈
「歩くの面倒だから お前が背負ってけ 早く歩けよ」
物事は 見ようによっては どんな風な解釈もできる
全ての事象を 解釈するパターンとして
① ある事象に対し 全て善いように捉え 前向きな判断をする
② ある事象に対し 極力ありのままに捉え 妥当な判断をする
③ ある事象に対し 全てマイナスに捉え 後ろ向きな判断をする
同じ人間でも
このパターンを 繰り返したら
随分違った人生になるんじゃないかな
よい言葉遣いをしよう と よく言われるけど
わたしが今日思ったのは
言葉遣いという 「マナー」レベルのことでなく
「物や事象に対し 愛のある言葉を使おう」 ということ
それからもうひとつ
誰かを 「嫌なやつだ」 と思うような事柄があって
散々頭にきていたとしても
必ず
「でも いろいろ事情があったのでしょう」
というような弁解を 独自にしてあげること
これだけで
人生のなかで流れる たくさんの物語は
少しは心地いいものに なるような気がするんだ
都合のよいものだけで 世の中は構成させていない
これ当たり前
ならば 少しでも肌に痛くないような物語を
紡いでいこうよ
助けが必要なら
手伝うよ それ


