私は、どんぐりと農家パートのほかに、
某保育室の畑指導もしている
月一回だけどね
しかも、やる日も完全に自分の都合の合間を見てという
自由さで
平成15年、保育室開設当初の物件探しから、
基盤づくりまでお手伝いし
そのままここで4年くらい調理と経理の仕事をしていた
この保育室には、園庭というものがない
だから、外遊びはいつも近くの公園
開園、二年目くらいに、
「私の家庭菜園の隣に、畑を借りて子どもに通わせませんか?」
と室長に相談し、始まった「畑の日」
畑の世話は、私一人、作業時間はボランティア
それ以来、2年前に調理経理をやめてからもずっと
畑だけは、五年間続けている
ここの子どもたちは、いわゆる「待機園児」という立場で
ほとんどが公立保育園に、今の段階で入れない子達が中心に
通っている
だから、通うサイクルが1年で退室する子が多く
次の年に継続する子は半分に満たない
年度替りの四月に、最初の畑の日をすると
面食らうことが多い
何しろ 土に触れない ( 怖くて?汚れるから? )
アリを見て泣く ( 怖くて )
普段、どれだけ
地球の表面に接する機会を持ててないかっちゅうことだよね
あのね、普段お散歩で歩いてる道路は
地球の表面じゃ ないんだよ
それでも、月に一回
「畑の日」をするうち、土に触れられるようになる
虫も怖くなくなる
畑作業も楽しくなる
毎年、少しずつではあるけれど
通ううちに慣れてきてくれる
微々たるものでも
子どもたちの中にも、変化はあり
それゆえに、意義あるものと
私自身、自分に言い聞かせて、続けている
実は、どんぐりに最も染まっている三姉妹は、
この保育室出身
彼女たちが、この保育室を出て
今、毎日どんぐりで、あそこまで全身で楽しんで
自然を謳歌してるんだから
意義は、充分あるんでしょう
「意味のあるもの」というのは
もちろん表に出る結果や、他からの評価ということもあるけど
究極は、自分がどう意味付けるかに所以している
だから、「意味がある」と信じたもんは
貫かなきゃならん、と私は思う
ホント言うと、私がひらめく「有意義な行い」は
お金にはならないものばかりで
しかも、面と向かって
「ありがとう」 と感謝される種類のことでもない
息子たちの学費は、これからどーすんのか??と
不安がないわけじゃない
あっちこっちほんと大変なんだけど・・・
とにもかくにも 祈りながら 続けている

