今日は、ビニールハウスの中を片付けてたから、一人の時間に、

あんまり畑には居られなかったな

ハウスの中の温度は、たぶん40度以上はあったとおもう。

「自分イジメか?」と思われるような、作業

ちょっとSな気分だったのかも・・・・(いや、Mか?)


これは、今年の3月にどんぐりを卒業した子が、記念にくれた種で育てたトウモロコシ


どんぐり畑

トウモロコシは、すぐ虫がついちゃうイメージがあるから、心配だったけど、意外と元気に育ってくれてる。

時々通りかかって、どんぐりの様子を気にしてくれる、中学一年生

この間は、制服のままヒイラギの剪定までしてくれた


どんぐり畑

どんぐりのブログに載せて、中学校にばれて怒られたりしたら気の毒だから、こっちに内緒で載せちゃう

私が信頼する、どんぐり卒業生の一人

彼が、大きくなってから、どんぐりに居たことの意味を、何らかの形で彼の自己表現の助けにしてくれたら、うれしいな。

そしたら、私が、どんぐりに精魂込めて生きてる意味も、あるってもんだよね


畑少女は、「どんぐりたんけんたいレストラン」に出す、

ジャガイモの収穫


どんぐり畑


なんやかんや、楽しそうに掘ってたよ

きれいに洗って、干して、袋に入れて・・・

そんないろいろな作業も、自分達でやるのが、やっぱり楽しい


「育てる」ってなんだろうね


ふと、今日頭に浮かんだ「育てる」って言葉
お金を出せば、必要なものは大抵手に入る世の中

あえて、自分の手で、何かを育てることって、しようと思わなきゃしないよね

けど、それって自ら生きることの意味と、ものすごく密接に関係してんじゃないのかな。


何かの生命に関わること

その生命に触れて、他人事ではなく共に生きること

小さいうちから、それをすることで、人それぞれが、

他の生命に与える力を

他の生命から受けている恩恵を

いろいろな生命と、共生しているという感覚を

身につけていかなきゃ、

物質社会の混沌に飲み込まれちゃうんじゃないかな


他の生命に対し

「生きててくれてありがとう」って思えること、かな

私が、ここの木に対して、思いつく言葉は、それだな


どんぐり畑

このクヌギは、私が育てたわけじゃないけどね

居てくれて、ほんとに 「ありがとう」って思う


そんな感覚を、子どもたちが育んでくれたらいいな


ふっ、語っちまったな

じゃ、また来週~ぶーぶー